その戦に臨む前、若君は一人の女と別れをされた。

 橋の上であった。
 黄昏の頃であった。
 斜陽が二人を照らし、影が干上がった川底に横たわる。

 学び舎帰りに二人手を振って、何度も別れた橋であった。
 しかし違う。
 二人を取り巻く世界は、崩れ去ってしまった。
 約束されていたはずの平穏は、消え去ってしまった。
 辺りは夜の間に破壊しつくされた、街の瓦礫で溢れかえっている。

 陽が沈めばまた、真の闇があたりを包み込み、妖しげな術を使う人ではない者たちが、生餌を求めて徘徊するであろう。もはや、街は世界は、人のみのものではない。人どもが完全に忘れ去っていた神への信仰を、悪魔への恐怖を、絶望という姿でしらしめた者たちの手で、作り変えられてしまった。
 弱き人どもに抗う術などなく、逃げる先を求めて、ただ闇を恐れながら、彷徨うしかない。

 橋の上の二人は、静かに言葉を交わす。

 二人、童子と童女であった頃から、何度も通ったこの道の、この橋で。

 静かに、言葉を交わす。

 娘はいたわるような目で、少年を見つめながら言葉をかける。
 他愛もないことだ。記すことのほどでもないことだ。しかし、大切な想いをのせて。
 少年は眼鏡越しに、琥珀の瞳でこの娘を優しく見つめ返し、一つ一つの言葉に頷いている。
 時折、声を上げて笑ったりもしながら。

 二人、今までずっと、そうしてきたように。

 やがて、言葉が尽きると。

 娘はそこで、少年の着物の胸元を切なく掴み、首を横に何度も振って、喉が裂けんばかりに激昂した。

「どうして。どうして、リクオくんが戦わなくちゃならないの?!強いからって、戦えるからって、だからってどうして、戦わなくちゃならないの?!言ってたじゃない、リクオくん、《立派な人間になる》って、いつも言ってたじゃない!いつも、《普通の人はそういうことしないでしょ》って、言ってたじゃない!今だってそう、《普通の人》は、人間は、そんな風に戦ったりできない!
 逃げよう、リクオくん。一緒に行こう?戦うって言っても、もっと準備しないと、絶対に負けちゃうに決まってる!もっと、戦える人たちを集めて、それから向かった方がいいに決まってる!」
「 ――― カナちゃん。……うん、そうだね。どうしても、ボクは立派な人間にはなれなかった。あはは、まぁそうだよね、妖怪任侠一家の跡取りなんだし、仕方ないよ、うん」
「そんな風に、笑ってないでよ!ちゃんと真面目に考えて!死んじゃうかもしれないんだよ、リクオくん、いなくなっちゃうかもしれないんだよ?!」
「それでも、ボクたちが行かなくちゃ、もっと犠牲が増えるだけだ。準備ができる時間があれば、それが一番いいけど、どうやらそれは無いみたいだし、なら、ボクたちがそれを稼ぐ。ある程度痛み分けにできれば、そこで示談もできるかもしれない。……大丈夫だよ、カナちゃん。こっちの姿じゃ説得力ないかもしれないけど、ボク、これでも魑魅魍魎の主なんだよ」
「第一、妖怪なんていないって、そんなもの怖くていやだって、言ってた人たちのために、どうして、どうして戦わなくちゃならないの?いいよ、そんなのいいから、お願い、一緒に逃げて……」

 どうにか言葉を尽くして、橋を渡らせまいと、行かせまいとするのだった。あれこれと理屈をつけて、情に訴えもして。
 最後には顔を覆って肩を震わせ、泣いてしまった娘を、少年は、少年だけは、何度も通ったこの道でいつもそうしていたように、やはり微笑みさえ浮かべながら、見つめているのだった。

 本当なら、娘が泣き止むまでそうしてやりたかったのだが、少年 ――― 若君は、荒野となった西の地平線に、今まさに陽が沈もうとしているので、ここまでだと判じられた。
 名残惜しいが、身が裂かれるようであるが、ここまでだと、判じられた。

「カナちゃん、ありがとう。ねえ、お願いだから、いつものカナちゃんの顔、見せて」
「無理よ、無理。怖くて、怖くて、いつも通りになんてできない。リクオくんが死んじゃったらどうしよう、リクオくんがいなくなっちゃったら、どうしようって、そう思ったら、絶対にいつも通りになんて、できない」
「そうか ――― そうだね、ごめんよ、無理を言って。さあ、そろそろ陽が暮れる。カナちゃんは行かなくちゃ」
「リクオくん」
「さよならだ、カナちゃん」

 告げられた別れに、娘は、心を決して顔を覆っていた手を取り去って。
 ぽろぽろ泣きながら、必死に笑い顔を作ろうとするのだが ――― 作れずに、やはりぽろぽろと、泣いた。
 若君は神々しささえ感じるような柔らかな笑みでこれに応え、娘の前で、例の銀縁眼鏡を外されると、これを娘の手に持たせてやり、娘の手に触れたまま、目の前で、立派な妖の男君へと姿を変えた。

「……《彼方》の岸の名を持つお前は、オレにとって、憧れの陽の世界そのものだった。オレは此方の岸で、奴等を迎え撃つ。今まで本当に、ありがとう」
「 ――― 駄目。さよならなんて、許さないからね、リクオくん。待ってるから。ずうっと、帰ってくるの、待ってるから。これはそれまで、預かってるだけだからね」

 最後に、一度だけ。

 娘は微笑むのに成功すると、意を決したように背中を向けて、駆け出した。

 橋に分けられ、彼方と此方。人の娘は彼方へと。妖の主は此方へと。


+++


 性懲りも無く小話から初めてみました。こんにちわの方も、こんばんわの方も、ようこそ酔っ払いの部屋へ。管理人の木公です。
 次回更新正月とか言っておいて、酒の勢いでTALKのみ更新してみました。
 忘年会続きで肝臓が悲鳴をあげておる。二日酔いには迎え酒。大人って辛い。盃交わしたいひととだけ飲んでタイ。そういえばタイじゃなくてフグは食ったようまかったよ。酔っ払ったついでに感想とかクダ巻をしてみます。

 コミックス派の自分ですが、WJで氷麗祭りが開催されていたという噂だったので、実はこっそり読んでしまいました。氷麗祭り後半部分だけですけども、二人の夫婦加減にやられた。
 でも先生、昼若様は?!
 昼若にもバトルシーンください。逆手構えに萌えてるんです。13巻の修行シーンの昼若も萌えました。昼若にもつららさんとラブラブシーンください。「つらら、大丈夫だから」の牛頭戦に今だに悶えております。あれだけ足速くて、牛頭丸についていけるくらい素早かったら、昼でも充分戦えると思うんだがのー。だめか。だめなのか。座して待つぞ昼若の活躍。昼若の姿で《畏》を放つときをおれは待つ。青年編があるとしたら、超個人的に昼若の声は三木眞一郎氏を希望したい。
 って、だから若じゃなくてもう三代目だっての。



 悶えるばかりの本誌感想はこの辺りにしておいて、そうそう、名前で(勝手に)読み解く方をやります。まずは前述の小話にありました、カナちゃんから。
 前述のお話はちなみに、「いつか桜の下で」が始まるよりもずっと前のお話です。
 冬が訪れる前。斜陽の、秋。

 カナちゃんというヒロインの由来はそれはもう、話の中で示したように、『彼方』のカナかと思ったわけです。
 先日の酔っ払いのタワゴトの中で、人と妖の線引きの話をいたしました。リクオさんの立場が、被差別民の抑え役、纏め役、そういったものだというお話でございました。これを前提として、お話を続けて参ります。

 幼馴染という役どころ。幼い頃は、人と神と妖と、そういった線引きが曖昧なまま育っていけるので、リクオさんにとってカナちゃんは、「一番、此方側に近い、彼方の存在」ということ。小さな頃は意識せず、ただの遊び相手・話し相手として暮らしていればよかった。お互い子供だったから、リクオさんが普通のことだと思ってる、妖怪の僕たちの話をしても、カナちゃんも真剣に受け止めてなくて、首をかしげながらも聞いていた。
 小さな頃って、線引きって考えませんでしょう。公園の砂場で遊んでたら、いつの間にか友達になってることがある。匿名性が高いんです。ネトゲの世界にちょっと似てる。どこの生まれだとか、どこの誰とか、そういう事を考えなくて良い。自分の思うこと、考えること、主義とか主張、こういう風に表すためにはいろんな言葉があるけれど、つまりは、現実の金や地位と引き換えにできないもので、関係性を構築することができる。それが幼い頃の線引きの無さ、公園の砂場、なわけです。※ネトゲが似てるだけで違うのは、あれは日本マネーを稼ぐ悪徳商法の餌場になりうる危険を孕んでいるしそれ以外のあれこれもあるわけなので、そういうあれこれを考えるのは酔っ払いには酷なので省きます。

 幼馴染というのは、そういうこと。カナちゃんは、己の中で確固たる線引きが定められる前に、「リクオくん」を「そういうともだち」だと認識した。これ大事です。ヒロインとして大事なフラグです。これで巫女さんとかだったらリクカナだったかもしれない。
 でも、カナちゃんは巫女さんではいけない。一般人でなければならないんです。何故なら、リクオさんに「普通の人間」の過ごし方を、知らないうちに教える人だから。
 え、若菜さんは?と思われるかもしれないんですが、彼女は無理です。「普通」は教えられないんです。彼女が普通の極道の妻には思えない。若菜さんが「普通」の人間だと言うのなら、どうしてちらっとでも、若菜さん側のおじいちゃんとかおばあちゃんとか出ないんでしょうか?これから出る?でも話題にもなってないよね?
 ついでに、珱姫の一件を見る限りでも、「普通」の人間の両親が、しかも若菜さんの両親だったら、昭和高度成長期時代まっさかりに生まれた団塊世代(「三丁目の夕日」の頃に生まれた世代)がですよ、妖怪任侠一家にあんな可愛い娘を嫁がせるとは思えねえ。勘当?いや、もしかしたら、最初から。と、若菜さんにも少なからず妄想してるんで、それはまた後日。
 ともかく今はカナちゃんです。
 カナちゃんの家、原作で出てたけど、それこそ普通の家でした。リクオさんが「小さな頃遊びに行った」って言ってました。そこで「普通の人間」の暮らしを、リクオさん、学んだんです。普通の人間の家、普通の人間の振る舞い、普通の人間の両親。学ぶことはたくさんある。時にはカナちゃんのご機嫌を損ねたりもしつつ、でも幼馴染だから大抵のことは許してもらえたりして。

 線引きが《川》だとしたら、そこにかかる橋が、二代目が残したものだとしたら、その向こう側でリクオさんが一番最初に近づいた人間が、彼女。カナは《彼方》のカナ。一番近い異種属。《此方》の辛さを知ってしまうと、大切にしたくなる宝物。妹、という表現を彼女に対しては使いたくなる。男に対して恋を覚えた女に対しては凄く残酷かもしれない。でも、永遠に守るという誓いならば、夫婦の盃に勝るとも劣らない誓いと言えはしないだろうかと。同時に、決して手を伸ばさない、という誓いでもある。
 川は線引き。
 なので、「夢十夜」で初めてリクオさんとカナちゃんが会ったのも、橋のたもと、そしてカナは橋に一番近いところに居た、ということにしてあるわけです。

 向こう側の、《彼方》の景色が美しいほど、《此方》の穢れどもが憧れに手を伸ばそうとする。ときには害そうとする。だから主はこれを諌める。主もまた、《彼方》を愛しているんだけれど、手を伸ばせば穢れると知っている。だから、手は出さない。
 巫女だと橋そのものとかになっちゃいますからね、だから、カナちゃんは一般人でいいんです。

 あ。この小話の冒頭でカナちゃんが預かった眼鏡は、長い時を経て、桜下の最終話でリクオさんの手元に戻っております。

 そんなに長いこと、人間が一つのことを伝えられるはずがないだろう、って?
 そりゃそうです。何も歪めずに伝えられるわけがない。でも、時にはその中に、伝えたいことが混ざっていることがある。
 例えばですよ、世界史で習うと思うんですが、インドの西っかわの方に、「モヘンジョ・ダロ」とゆー遺跡がありますな。
 現地の言葉で「荒野」だかゆー意味だそうな。考古学狂いの博士さんたちが、好奇心に任せて荒らす前は、忌避されてる場所だったそうな。現地の人は代々、「そこに入ってはいけない」って伝えてたんだとさ。ずうっと昔、それこそ何千年も昔は、そこに街があって、短期間の間に廃墟になったらしいとか。廃墟の表面がガラス化していることから、短時間の間に超高熱にさらされて滅びたのではないかとか言われてるそうな。
 自分、学生の頃は努力が一番嫌いで、社会人の今は責任が一番嫌いな駄目人間なので、この辺うろ覚えなんで詳しい方ごめんなさいね。たしか、そんな風に「短時間で」「ガラスになるほどの高熱」って、核戦争くらいしかないとかなんだとか。いや噴火説ってのが有力らしいですけども、でもたかが噴火で、「そこに入っちゃいけない」って、現地の人が代々口伝で残すか?と、思うんです。私は。入っちゃいけない理由があるからそういうことを口伝で残した。代々残さなければならないほどの何かがあった。放射能の有効期限は?千年〜万年。被爆した土地に入っただけで被爆もする=呪われた土地となる。やがて文明を忘れた人々は、その土地の名すら恐れるようになり、ただ「廃墟」となる。それでもその土地から子孫を守ろうとする意志が、「入ってはいけない」という口伝として残ったのでは、とか。
 核という文明を一度失った人間に、核がどんなものかっていうのを正確に教えるのは難しい。だから「入っちゃいけない。入ったら呪われる」ぐらいしか伝えられてないんじゃないかなーとか、思うんですねぇ。

 こんな風に人間は、とっくに忘れてるだろうと思うことを、覚えてて、伝えていたりするわけだから、カナちゃんも預かった眼鏡を、「いつか魑魅魍魎の主のリクオさんという人が現れたら、お預かりした宝をお返しする」という風に伝えたんですよ。
 それが神代の頃の言い伝えみたいに残って、同時に、「いつか魑魅魍魎の主が現れて、あの皇龍を調伏する」というようにも言い換えられたりして、その口伝をまた、敵方は恐れたりしてね。
 眼鏡が戻ってきたときに、預けた人の姿はもう無く。ただその面影だけが、返しに来てくれた人の中にあったりすると切なくてにやにやします。

 ところで何かを伝えるときの媒体として紙って結構燃えないみたいだから、いつか千年後とかにワンピースとかを読んだ人が「昔の人間は手がこんなに伸びた」とか勘違いしたらおだっちのせいだ。だけど、今のようにこうやって、ネット上でぶつぶつ書いてるものは全て失われるんだろうなと思うと、逆に、昔の人ももしかしたら、こうやってネット的なものを構築して別の媒体で記録を残してたりしてたんじゃないだろうかと考えちゃうわけです。
 もしかしたら昔もこんな風にネットが構築されてて、文明の終焉とともに失われたネット文化があったりしたら勿体ねーなーと妄想するんです。
 読みたいよな、レオナルド・ダ・ヴィンチの愚痴ブログ!!!

「また、描きかけで、国おいだされたぉ(´・ω・`)」
 ……そんな殊勝なこと書く奴じゃないか。
「あいつウゼー!あいつマジウゼー!誰ってミケランジェロに決まってんじゃんマジ死ねばいいのに!」
 とか。
「今日も飛べなかった。明日は飛べる。I can FLY!!!」
 とか。
 よかったね伝わってなくて。
 ほら、紙面になると改まっちゃって書かないこととかあるじゃない。

 ん?当サイトはリクつらサイトですよ?
 ……酔っ払いでごめんなさい。

 次は(あれば)ゆらちゃんをやります。
 こんなところまで読んでくださった方、いらっしゃいましたらありがとうございました…!支離滅裂でごめんなさい。
 次はもう少し、素面で書こうかなって……素面だとTALKって何か気恥ずかしくて書けないのですヽ(TдT)ノ

 ありがとうございました。良いお年を!




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