四国八十八鬼夜行衆との決戦以降、夜が更ければ血が騒ぐ。
 ならばと、まだ広間が賑わぬうち、完全な闇夜にならねば起き上がってこない妖怪たちとは、顔も合わせないうちに、昼の姿の落ち着いた心もちで眠りについても、やはりその時になると覚醒する。
 やれ、目が覚めてしまった、と思うが、しばらく目を瞑ったままでいる。
 明日は日直であることだし、先日強い風が吹いたので、朝のうちにグラウンドの土を慣らしておこうと考えていたから、妙な時間に起きだして、疲れた体を引きずりたくはなかった。あいにく、昼と夜とで姿が違えど、体は一つしかなく、何故あのとき起きだしたのかと悔いる心も一つしかないのだ。

 目を閉じていれば、そのうちまた眠気も出てくるだろうとじっとしているのだが、目元に差しかかる月がやけに眩しく、こらえきれずに目を開けてしまった。ついでにすぐ脇を見れば、障子が向こうからの月光を帯びてやけに白く、風情がある。
 あれの肌のようだ、と、一瞬でも想ってしまったのが、まずかった。

 ごくりと、喉が鳴る。
 はっきりと、感じた。
 乾きだ、これは。喉が渇いている。灼けるように。

 枕元に置いてあるはずの水差しを探し、寝転がったまま手を伸ばす。いつもの場所に、と、件の守役が置いていった水差しは、しかし今の腕には距離が近すぎるところにあったらしい。手首のあたりに当たって、かたんと盆の上に横倒しになってしまった。
 なるべく眠りの淵から離れたくなかったからとは言え、我ながら横着をしたものだと呆れつつ、手を濡らした水をぺろりとやると、存外に冷たく美味い。

 幼い頃は夏の暑い日にも、腹を壊すからと湯冷まし程度のものしか与えられなかったものだが、今日は眠る前に少し酒を含んだのを知っていたからだろう、寝床の中でごろりと腹を上から下にして見てみれば、漆塗りの盆の上、零れた水の中、小さな氷の欠片が浮いている。
 水はほとんど畳が吸って、水差しを口の上でひっくり返しても、唇を湿らせる程度にしかならなかった。ならばと、盆の上に散らばった、金平糖のような氷をつまんで喰らってみる。
 舌の上でゆっくりと溶けていくのを待って、しばらく呆けてみたが、この氷ときたら、あれの気配がしっかりしみついているものだから、余計に物欲しくなった。

 まずいのではない、むしろ美味い。

 美味いから、口の中で消えてなくなると、氷を含む前よりも乾いた気になった。

 小さな欠片ではなく、もっと欲しい。もっと、もっと、あれの気配を貪りたい。

 あれの身を離れた氷の一片ではなくて、あれの唇を直接吸ってやったら、少しは満たされるかもしれない。いやいや、口吸いなどでは到底癒えないだろう。

 髪に触れたい、細い体を抱き寄せたい、首筋に鼻先を埋めて、その先は ―――

 腹のあたりが余計に熱を帯びてきたあたりで、やめた。
 これ以上考えると、明日の昼は嘆息ばかりして、何をするにしても役に立たなくなる自信があった。そうなれば、あれのことだ、ご病気か、お悩みかと、うるさくついて回ってくるに違いない。かと言って、このまま足ずりなどをしても人聞きが悪い上、明日の朝にでも、済んだ後の洗い物を取りにくるのは、やはりあれなのだ。
 となれば、もう体が熱を忘れるまで呑むか、替え玉で熱を吐き出すかしかない。
 明日の朝は、きっと今夜の疲労を残して辟易とするだろうが、兎にも角にも、今はこの熱をどうにかしなくてはならない。

 眠るのをあきらめて、立ち上がり、外庭への障子を開ける。
 皓々と、月が明るい。そのせいか、闇もいつになく嬉しそうに垂れ込めて、散歩にはよさそうな夜だ。

 天井裏でずずりずずりと這い回っている大蛇を呼ぶと、嬉しそうに降りてきたので、ここ数日いつもそうしているように、奴の頭の上に腰を下ろす。心得て月夜へと上る大蛇を見咎め、屋根の上を掃いていた豆腐小僧が、「おや、リクオ様、どちらへ」と訊くから、やはりいつものように、「散歩だよ」と答える。
 一度目の夜歩きはそれ以上何も言ってこなかった一つ目だが、カラスに煩く言われているのだろう、「しかし、奴良組の若頭ともあろう御方が、供もつれずになど……」と食い下がり、誰か連れてこようと慌てるのに、大変に辟易とした。

「いらねーよ、ただの夜の散歩だから」
「では、行く先だけでも教えてくださいまし」

 食い下がるのを一瞥して、そのまま大蛇をどこへともなく向かわせた。
 夜歩きなんてものは、行き場がないからするのだろうに、気の利かないことを言うものだと、恨めしく思いながら。

「だから、ただの散歩だよ」









...よ も す が ら...
持て余した熱の行く先など、誰あろう、自身が知りたいものだ。ああ、それにしても、行き場所が無いのはつらいな。つらい。