「首無、何も言わずにおれを殴ってくれ」 ばき。どご。………きゅっ。 「誰が殴る蹴るの暴行した上に首を紐でくくれと言った!」 あんたの顔にある自己嫌悪の負債を、見積もって差し上げただけじゃないですか。 二代目はできた側近を持って幸せでございますな、いやいや全く。 「何を一人芝居してやがるてめぇ。苦しかったぞマジで」 それで。今度はうちの若菜さまに貴様、何をしやがりやがったんです。 罪状を洗いざらい吐いてから逝った方が、閻魔の前で申し開きするにしても、練習になりますぜ。 「それって殺る気たっぷりじゃねーかてめー」 そりゃあ、この首無、妖怪を滅するのが抱えた業ですからね。 懺悔だ何だとキリシタンの宣教師みたいな真似はいたしやせん。 さあ、洗いざらい、吐け。 「いやー、そこまでの事じゃねぇ気がしてきたな、うん。他当たるわ。ぐぇ。わかった。わかったから、そう首を絞めるな。 いやな、若菜がこれから通うっていう中学校の教科書見てたらさ、最近の寺子屋……学校って言うんだったか?昔は四書だの何だのをそらんじるとかそういうところから始まったってぇのに、それはねぇんだ。手習いはそのままある様子なんだが、数の数え方とかいう部類は、変な記号がたくさん並んでてよ、全然意味不明なの。 けどよ、一番驚いたのが、保健体育とかゆー授業でな。 男女の営みについて教えるってぇんだから、学校ってのはすげぇところだなと思ったわけ。そんなの、昔はいちいち教わんなくたって、そこ等の犬だ猫だのに恋の季節が来たら、おのずと目にして、その後、母犬だ母猫だの方が子犬子猫を生めば自然と意味わかったもんだろう?」 はあ。 たしかに、女郎屋には房中術なんてものが口伝であったみたいですけどね、たしかにわざわざ学び舎まで行って教わることではありませんよね。 で、それが、なんです? 「それがよ………。ここから、本題なんだけどな………」 はい。落ち込みましたね、いきなり。 あんたが落ち込むと長くて辟易とするんで、ちゃっちゃと言っちゃってくださいよ。 今日は天気がいいから、さっさと洗濯物干しちゃいたいって若菜さまが言うんです。 とっとと洗濯紐、はってしまいませんと。 ……そう言えば、せっかくの週末で若菜さまがいらっしゃるのに、二代目がまとわりついてないなんて、珍しいですね。 「………いやもうなんか、あいつに見つめられると、おれって汚れちまったなぁと」 中原さんの口癖はいいですから。 そうそう、彼の詩、若菜さまの国語の教科書に載ってましたよ。 おっと、話が逸れました。 それで? 「ぱらぱら教科書見てたらさぁ、なんか不安になっちまって。男女別に分けたりはするらしいんだけどさ、他の奴と一緒に授業受けたりするわけだろ?おれ、なんか、教科書見てるだけで、いたたまれなくなってきて。つい」 つい? 「冗談のつもりで、まさかひとりあそびの方法なんか教わらねーよなー、あははははは、って。 そうしたらさあ、そうしたらさあ、あいつ、きょとーんってツラして。もう純粋無垢そのものの目を。あの綺羅綺羅のおめめをおれに向けてこう言うわけ。 《ひとりあそびって、なに?》って。 おれ、かたまっちまったのよ。 だってそうだろ?口からぬらっと、ぬるっと、出ちゃっただけの失言だ。でももう取り返せねぇ。 そうしたらさあ、あいつ、《一人で遊ぶことはあるけど、そういうことじゃないよね?ううーんと、何か、違う話?》って。 教えられるわけがねーでしょーがッ?!へぶっ」 ………ったりめぇだろうがあああこのカス虫があああああッッッ。 「って、えええええッ?!何その変わり身?!今の洗濯紐だったからいいものの!いつものだったらおれ、今頃お前さんと同じく首ちょんぎられてたよ?!」 おおともそうするつもりだったさこん畜生。 てめー俺がちょっとおとなしくしてると思ったらちょづいてんじゃねーぞゴラ奴良鯉伴! 死ね!死んでしまえ!俺が許す! 「ぐるじび!ぐるじびがら!………ぶはッ」 誰が逃げていいと言った! 話は終わってねェッ! 「あー、ほらほら、首無くん?若菜ちゃんのために、ほら、洗濯紐、お願い」 洗濯物を干す前に、てめーを吊すのが先よ! 魑魅魍魎の主の干物にしてやらァ!! (洗濯紐で)螺旋刃ッッ!!! 「鯉伴さんと首無くんって、仲良しなんですねぇ。ふふっ、兄弟みたい」 「あらあら、またやってるのかいあの二人は。若菜さまがこんなにせっせと働いてるってのに、何やってんのかしら。さ、若菜さま、もうここはいいですから。せっかくのお休みですもの、ご自分のご用時などなされてくださいな」 「ううん、いいの。宿題はやっちゃったし、それに、出かけるんなら………ううん、何でもない」 「!………ああ、そうそう、そう言えば二代目、午後にでも良太猫のところに顔出しに行くって言ってましたっけ。せっかくですから、ご一緒されていらしてはどうです?いい散歩日和ですものね」 「本当?!じゃあ私、余所行きに着替えてくる」 「ええ、そうなさいませ。陽射しが強いですから、少し白粉をはたきましょうね」 「うん。えへへ、毛倡妓ってお姉さんみたい。色々知ってるし、それに、すごく落ち着いてるっていうか……」 「そんな事はございませんよ。でも、そうですね、昔は何人もかむろを抱えて育てていたこともありんす。可愛いだけじゃありませんでしたが、でも、同じ苦界に生まれた妹と思えば、情も移りんしたなぁ」 「ふぅん………。あ、ねえねえ、毛倡妓はきっと知ってるよね?」 「はい?何をです?」 「《ひとりあそび》って何?」 「………………若菜さま。そんな言葉をどこで……………」 「鯉伴さんが」 「……………なるほど。なりませんよ、若菜さま。若菜さまはわっち等のような女郎とは違いんす。そんな言葉を使う必要も、知る必要もありんせん」 「は、はぁい」 「さ、お着替えの前に、片づける用事もありんしょう。私は後でお部屋にうかがいますから」 「うん、わかった!また後でね、毛倡妓!」 「はいはい。…………ふふふ。出かけるなら二代目と出かけたいなんて、可愛いこと。 ……………さて。 ……………首無ィ!何をちんたらしてんだい!そんな宿六、とっととたたんじまいな!」 ...一人上手と呼ばないで... 止まっていた時が、動き出して。色んなものが、気になって。へえ、今の世は、こんな色をしているんだね。感嘆、歓声、それは産声にも似て。 アトガキ サイテーなネタですみませんでした。意味がわからなかった方、そのままでいてくださいって二代目が言ってました。 守役のリクオさんが居たらタンコブ五段重ねくらいされてんじゃないでしょうかね、このアホの子は。 首無と毛倡妓に甘やかされている若菜ちゃんが書きたかったのでした。 なんていうかね、リクオさんが学校通ったりする手続きとか、そういうの結構慣れてるような気がしてね、奴良組。 以前誰か人間の子供が住んでたことあったりしたんじゃないかと思うわけなんです。 もっとも、歴史が古いから、人間の子供を住まわせたりするのも、以前はあったことなのかもとか。 |