自分で言うのも何だが、おれぁ任侠親分として、それなりにやってる方なんじゃねえかと思うわけよ。
 才覚があるとまでは言わねぇが、努力する時間ならたっぷりあったし、努力が不要だと思うほど自惚れてもいねぇ。だから風雅風情だってのを理解するために、そりゃあガキん頃から守役に厳しく言いつけられたからってところもあるけど、和歌に茶の湯、舞まで一通りたしなんでもきた。
 おかげで化猫横町なんぞに行ってみろ、ちょいと寄り道しただけで、あっちこっちの店先から、今宵だけでもお情けにーなんて、我も我もと袖つかまえてはなしちゃくれねーや。

 あん?
 どうせ金蔓だと思われてるって?
 世知辛いこと知ってやがんなァ、いやそうかもしれねぇけどよ、だとしたら女ってーのはコワイ生きモンだねー。ついさっきまで御大尽相手に唾吐いてた玄人女が、ころっと顔色かえて可愛く頬染めて見せんのも懐いてくれてる振りだってんなら、おれぁ女の心のうちなんぞ、これから何千年生きてもきっとわからねーや。

 え?
 女は海?
 お前ねぇ、歌じゃあるまいし。おれの腕に抱かれてた女が夢で違う男と会ってたらおれ寂しくて泣いちゃうよ。しばらくたたねーよ。むしろもう出家するね。頭つるっとさせちゃうよ。

 あーはいはい、そうですね、あなたさまも女性であらせられましたね。
 んもー、悪かったって。

 今言った通りな、おれ、割と努力家なのよ。
 適当そーに見えて、やることやってんのよ。

 逆にいうとな、素の部分っつーのはどうもアレだ、すこーんとどっか抜けてるとこがあるみたいでな、ガキの頃にもそういや女の扱いに気をつけろって、口酸っぱくして言われてたんだよ。ちょいとイタズラのつもりで、姉姫さまの打ち掛けの背中に、へのへのもへじ描いたときは、姉姫さまには大泣きされるわあいつには腫れ上がるほどケツ叩かれるわ、四百年経っても思い出すとケツのあたりがむずむずすらぁ。まあ、つまり、今でこそお姉ちゃんたちがきゃいのきゃいのと言ってくれるようにはなったがよ、そりゃあおれがすんげぇ気を使ってがんばってるからであって、こう、気を抜いちまうと、妙にイタズラ心が騒ぐというか、まあ、そういう次第なんだよ。悪気はねーんだよ。いやイタズラ心ってあたりで悪気はあるかごめん。

 おいおい、笑ってねぇで、そろそろ出てこいよ。ったく、ちっちゃいってことは便利だねぇ、うらやましいねぇ、そんなトコロでちっこい奴等と菓子つまみながら花札大会とは。ちょいとこの年増なおっさんも混ぜちゃくれませんかねぇ。遊んでくれなくても結構ですって、いや、いけずなこと言うなよー、おれが遊んでほしいなーって、思ってんだからさー。寂しいだろー。お前いっつも人間の友達と遊んでて、なかなか構ってくんねーんだもん。ちっちゃいもの倶楽部入れてくれよー。入ってこられたらって、そんな隙間入れるわけねーだろ、おれでかいんだから。なに、なら参加資格がない?こいつめ。くそ、おれぁ拗ねるぞ。そりゃあおれが悪かったかもしんねーけど、ちゃんとおれ、謝ったもん。

 謝る態度じゃない?んじゃどーすりゃいいんだよ。

 くそー、納豆に豆腐、火の玉小僧に小鬼どもめ、てめー等、ミイラ取りがミイラになりやがって、てめぇの大将さしおきそんなところで笑ってるとは、あとで覚えてろよ。
 ………わかってるってぇ、たいした沙汰なんざしねぇよ、そんなマジ声出して怒んなよ。なんかお前の声で叱られると、ガキの頃んこと思い出して余計にしょんぼりするんだよ。

 はい。あ、チャンスをいただけますか。そうですか。
 はい。是非そうさせてくださいませ。
 今度こそ、この奴良鯉伴、しっかり褌締めなおして、見て見て、正座、正座してんのよ、おれ。しっかり謝らせていただきますんで。

 あー……コホン。

 若菜ちゃん。いや若菜さん。
 つい口が滑ったとは言え、若菜坊や若菜丸などと、大変失礼なあだ名を口にいたしましたこと、心より、お詫び申し上げます。

 女子でありながら同じ小学生男子を率いて毎日お外で凛々しく遊び回っておいでの貴女さまや、同じ小学生女子の頬をぽっと染めさせるにいたるような、中学生不良男子相手に切られた見事な啖呵など、漢気溢れる貴女さまを見ておりますと、この奴良鯉伴、一任侠として貴女さまのご活躍には深く感じ入るところがございまして、女性にしておくのは惜しいなどと、時代錯誤な物思いをいたしました。さらにはついつい貴女さまの懐深さに甘え、よせばいいものを、よく考えもせずに口にしてしまった次第なのでございます。
 どうかどうか、この愚か者めをお許しいただけはしないものでしょうか。そのような、家人すら知らなかったこの屋敷の隙間などから出て来てはくださいませぬでしょうか。ぜひぜひ、今宵もおもてなしをさせていただきとうございますし、我が父ぬらりひょんも、音に聞く若菜さんの顔を是非見たいなどと申しておりますゆえ、若菜さんさえよろしければですが、あの、本日はちょいと大広間の方で宴会でもいかがでしょうか。

 ……つかよくそんな隙間、見つけたよなぁ。いつの間にできたんだよ、その隙間。納豆、お前知ってたか?なに、お前も知らなかった?二階を作ったりあちこち建て増ししたときにできた隙間だろうって?ははあ、なるほどねぇ。部屋と階段の隙間に出来た、さしずめあかずの間、物好きな奴だけが入れる、まさしく「スキ間」ってか。
 しかもよく物怖じせず入っていくよなぁ。蜘蛛の巣とかすげーんじゃねーの?
 なに、キレイな形の蜘蛛の巣が、いくつも火の玉小僧の炎で煌めいて星空みたいだ?
 ……そんなんだから若菜丸なんだつーの。
 あ、いえいえ、なにも申してはおりませんよ、ハイ。

 おいこら、いい加減出てこいよおめぇ等。
 いい加減、おれぁ本気で拗ねるぞ。
 だいたいなんだよ、おれはこれでもぬらりひょんだ、どこにでも入りたいと思ったところに、ぬらりくらりと現れんのがおれだってーのに、なんでこんな隙間に入れねーんだ。
 よし決めた。入るぞ。おれもそっち行く。
 だって、今度こそしっかり謝ったもん。
 許してくんない若菜が悪い。
 だいたい、ここはおれの屋敷なのに、おれが入れない部屋があるなんて、おっかしーだろ。ぬらりひょんナメんなよくそお前ら今に見てろ、こうやってまず足を突っ込んでだなぁああああいいいででででででででっ。
 誰だ噛みやがったのッ!
 若菜かよ?!マジかよ?!女の子が男の足をこんなに潔く噛めるモン?!
 うわすげーくっきり歯形!痛い!うわこれ……マジでしばらくお姉さんたちとはお別れだわ、シャレなんねーぞ。
 あのよー、いったいなにが気に食わないのよ。
 言ってくんねーとわかんねーだろ?
 おれ、気なんてきかねーんだからさー。















「本気で謝る気持ちがあるんなら、その手の猫じゃらしは仕舞ってからにしてよね、鯉伴さん!フーーッッッ!」















 ……………ごもっともで。

 つかお前もそれ、フーって。フーって。
 ノリいいねぇ。

 ……………ごめんって。つい、いじってみたくなってさ。






「フーーーーッッ!にゃーーーごッ」






 (やばい、この娘、おもしれぇ。………かわいい)









...ちっちゃいもの倶楽部・再び...
「昔は鯉伴さまがちっちゃいもの倶楽部を率いておいでだったけど、今やすっかりでかくなっちまったもんなー」
「へーぇ、鯉伴さんもちっちゃいときってあったんだーぁ?納豆さん、その頃のこと知ってるの?」
「おう、おいらこれでも古株だかんなぁ、あの頃の鯉伴さまは、おいらより小さかったぜ」
「へー!」
「威勢いいくせに、ちょっとしたことでべそかいてさー、あの頃は可愛かったーぁ」
「ふぅん、そういうトコロは今とあんまり変わらないんだね」
「え?」
「ほら、こいこいだよ!」
「え、マジ?!」

 鯉伴さんが時々見せる寂しそうな顔、きっと昔だったらベソかいてたときなんだろうね。
 ねぇ鯉伴さん、今は楽しい?私は楽しいよ。ふふふっ。











アトガキ
「夢十夜」設定でしつこく鯉伴×若菜。大人な女の若菜さんをお好きな方、ゴメンナサイ。
ちょっとビジュアルで想像していただくとですね、自分の屋敷の中の壁のちっこい隙間の前で、魑魅魍魎の主が正座してんスよ。
猫じゃらし持って。で、中に入っていけずにかまってほしそーに中に語りかけてるという。
首無あたりが「アイツなにやってんだ……?」と呟いてそうです。毛倡妓姐さんが隙間の中の倶楽部用にお菓子とか差し入れてるんでス。
そして普通の女性が「ちょっと影のある」と表現するところを、「ベソかきそう」と表現する仔若菜さん。
若菜さんと遊んでるときには、憂いとかそういうの全部吹っ飛んでればいいよ二代目。
最初は「遊んでやる」つもりだったのが、いつの間にか「若菜ちゃんに遊んでもらうー」になってりゃいいよ二代目。