「よぉ河童、ちょいと邪魔するぞ」

 いいけど。鯉伴って、水の中で息出来たっけー?
 どっちかと言えば、あったかい方が好きなんじゃなかった?
 まー、夏だから、水遊びもたまにはいいかもしれないけどー。

「この鯉ども、そっちにやってくれ、早く早く、場所空けろ、かくまってくれ!」

 かくまうー?
 古参幹部の誰かがまた、見合い話でも出してきたー?
 それとも、牛鬼さまが浮ついた男やもめを叱りにでも来たー?
 まさかとは思うけど、首無を怒らせでもしたんじゃないだろうねー、だったら僕、関わりたくないからあっち行ってよー。鯉伴が絡むと首無ってば昔っからヤカンみたいに頭から煙吹いて怒るし、下手に隠し立てすると怖いんだもん、あいつー。

「本気で嫌そうな顔すんなよ、友達甲斐のねぇ奴だな。そのどれでもねぇよ、今相手にしてんのはな……うわ、来た、俺はここには居ないってことで!」

 ――― え。えぇええぇぇぇー。
 潜っちゃったよ、なにこのひと。
 ちょっとわかってる、この池は僕の縄張りなんだよー。
 いわば鯉伴のやってることはさ、僕が鯉伴の部屋の布団にもぐりこみに行くようなものでだね。
 そりゃあ僕だって屋敷に厄介になってる身だけど、親しき中にも礼儀ありって……聞いてるー?

「みぶぼばかばばばべべーぼ」

 水の中じゃ話せない?うん、そうだろうね。無理して喋んなくていいよ。
 ちょっとびっくりして色々話しかけてみただけだからー。
 だって鯉伴が池の中に来るなんて、僕が奴良屋敷に来てから一度も無かったじゃなーい。
 それが、そんな竹筒を口に咥えてまで潜りたがるって、どういう了見なのかなーと思ってさー。
 それさァ、昭和の弊害だよ、鯉伴。
 藤子不二雄が正しいこと描いてるとは限らないんだよー。
 僕が言うのもなんだけど、忍術っていうのはそんな派手なもんじゃなくてだねー。

 ……あ。あぁー、なるほど。そういうことかー。

 はいはい、そう蹴らないでよ、わかってる、居ないって言えばいいんでしょ。
 あれ、見えなくなっちゃった。水中で明鏡止水?
 …………鯉伴って、馬鹿だけど器用だよねー。

「河童さん!こんにちは!」

 こんにちわー、若菜ちゃん。今日も学校帰りー?

「ううん、今日はちゃんと一回、家に帰ってから来たよ。セツ子おばさんも奴良さんの家ならって、許してくれたし」

 あ、そうなんだ、泊まっていけるんだー。
 じゃあ、今日は若菜ちゃんのご飯にありつけるのかなー♪

「うん、後でお台所のお手伝いしに行くんだ。ここ、お台所広くていいよね。ちょっと火加減難しいけど、材料は何でも使っていいよって言ってくれるし、夢みたい」

 若菜ちゃんはいいお嫁さんになれるよ、ほんとー。
 どうしてこんないい子に、変な渾名つけようとするかねぇ、うちの二代目は。

「そうそう、河童さんはその二代目さんが、どこにいるかしらない?」

 えー?
 屋敷の中に居ないんだったら、わかんないなー。

「うーん、どこに隠れたのかなぁー。ま、いいや、他のところ捜すから。それじゃ、また後でね、河童さん!」

 うん、また後でねー。

 ……………………。

 ………行っちゃったよ、鯉伴。

「 ―――― プハァッ……。竹筒だけで息するってのは、ちょっと息苦しいもんだな……」

 ねぇ、なんで隠れてんの?
 もしかして、また皆でかくれんぼ?

「馬鹿言うな、これはそんな子供の遊びじゃねぇんだ、男の沽券に関わる、否、ぬらりひょん一族の誇りに関わる一世一代の勝負なんだからよ。若菜の《目》が勝つか、おれの《隠形》が勝つか、二つに一つの一騎打ち。魑魅魍魎の主として、負けっぱなしじゃいられねーんだ」

 ははあ、つまり、毎度毎度、若菜ちゃんと皆でかくれんぼする度に一番に見つかるのが、悔しかった、と。
 そうだよねぇ、ぬらりくらりと何処にでも現れては夢のように消える、ぬらりひょんが一番先に見つかっちゃあ、立つ瀬が無いよねぇ。
 しかも、屋敷の妖怪の中で隠れるのが一番下手だね、なんて可愛く言われちゃあねえ。
 顔だけゴルゴにもなるってもんだよねぇ。

 でも、そんなにムキにならなくったっていいじゃない、たかが遊びなんだからー。
 負けも何もさぁ、仕方が無いよ、世の中相性が悪い相手ってあるもんだよ。
 鯉伴は今までそういうの居なかったからわかんなかったかもだけど、僕はできれば雷妖とか土妖とかとは、相対したくないもんねー。

 鯉伴てば最近は古今無双に無敵なつもりだったから、がっくり来てるかもしれないけどさー、相手が若菜ちゃんでよかったじゃない。

「嫌だ。何か嫌だ!」

 あ、そ。
 わかったよ。ムキになんないでよ。
 こんなのが主かと思うと僕だって嫌だ。

 …………ね、もしかして、若菜ちゃんを、お嫁さんにしたいとか思ってる?

 ―――― いや、そんな奇妙な顔、しなくても。
 なんとなくそう思ったんだけど、違った?

「熱でもあんのか、河童?」

 ですよねぇ。

 うん。今までの好みと違い過ぎるなとは、思ったんだ。
 鯉伴って、どこか不幸そうっていうか、影のある娘を、ぐいぐい引っ張っていきたいって感じだったからさー。
 千代と言い、山吹乙女と言い、他にも色々な女のひとたちとさ、全然雰囲気が違うもん。

「うーん……若菜坊の場合、女として見ろって言われる方が何か無理があるっつーか」

 …………そう?
 ま、僕が口出すことじゃないから、いいけどさ。
 結構、可愛い顔してると思うし、お料理上手でいっつもにこにこなんて、最高じゃない。
 どうせ齧られるのも抓られるのも、鯉伴がからかうからでしょ。

「可愛い……うーん、ぶさいくではないと思う。だが美人か?と言われると」

 美人しか女ではない、みたいな基準、やめなよ鯉伴。
 少なくとも、僕の前や初代の前以外ではやめなよ。
 二代目に夢見てるひとは多いんだから。

「可愛いのかもしれねーけど、なんだろ、あいつの場合、見目がどうとかじゃなくてさぁ、話したりしてるうちにこう、引き寄せられる、っていうか。ぐいぐい引っ張られるっていうか。巴御前ってあんな感じだったのかねぇ。ともかく、そういう相手じゃねーだろ」

 ふぅん………。

「 ――― って、またこっち来た!河童、いいな、おれはここには居ない、ここに来てもいないってことで!」

 はいはい。
 無駄だと思うんだけどなぁ。
 だってほら、柄杓持ってるもん。
 ねぇ鯉伴、きっと若菜ちゃんの方が一枚も二枚も上手なんだよ。

 でも、付き合ってあげるよ。友達だからね。

「河童さん、鯉伴さん、来なかった?」

 うん、来なかったよー。

「ふぅん、そっかー」

 ねぇ若菜ちゃん、その柄杓、どうするのかな?

「うん、これはねぇ、こうやって池の水をすくって、この竹筒に………」

 あー……。
 鯉伴、耳なし芳一って知ってる?

 いくら自分だけ明鏡止水で消えても、竹筒は消えないわけでー。

「ぶはーーッッッ、がほっ、げほッごほごほッ……!くッ……!これも駄目か!」
「やっぱり。鯉伴さん、みつけた!これで私の十五勝零敗だね。ふふふふっ」
「なんでだ!なんでだ!納得いかねぇ!」
「納得いくのいかないのじゃなくて、首無さんが捜してたよ?お仕事だって」
「えー、めんどい。若菜ァ、今日、泊まってくんだろー?なのに仕事なんてさー」
「うん。ごはん作って待ってるから、早くお仕事終わらせてきてね」
「仕方ねェなあ、ちゃちゃーっと行って、ぱぱーっと終わらせてくるかぁ」
「そうそう、ぱぱーっと行って、ちゃちゃーっと終わらせて来たら、この前のお話の続き聞かせて」
「おう!えーと、どこまで話したっけ。たしか良太猫がマタタビ酒の仕入れに行って……」
「猫又さんが、マタタビ酒の樽に閉じ込められちゃったところまで」
「そうだそうだ、思い出した。あはははっ、あん時は傑作でよォ。よーし、やる気出てきた。行ってくるわ」
「行くって、ちょっと待ってよ、びしょ濡れじゃない。ねーねー小鬼さんたち、鯉伴さんのお着替えどこかなぁー?」















 ……………。

 あの二人、あれでどうしてまだ夫婦じゃないんだろ。






 (鯉伴がそんなに真剣になって遊んだり大声で笑うの、本当に久しぶりだね)









...幼馴染だからわかること...
まさか十数年後に、この二人の間に生まれた息子と雪娘とを相手にして、全く同じいたたまれなさを感じることになろうとは、思いもしていなかった河童であった。












アトガキ
「夢十夜」設定でしつこく鯉伴×若菜。余裕のある安定した二枚目の鯉伴さんをお好きな方、ゴメンナサイ。
激しく捏造過去と俺設定満載でゴメンナサイ。こんな二次創作の仕方もあるんだと諦めていただければ。
前妻さんであれだけのロマンスがあるのなら、後妻さんにはさらにかなりの夢を見たい木公なのです。

原作でもっと出してくれないかなー、若菜さん。