==はじめに==
この小話は、素敵リクつらサイト「雪猫」のサイトマスター、たろ様の作品「絶対絶命!?」の続きにあたります。
続きを是非書かせてくださいという、とてつもないご無理に快諾いただきました。
おピンク風味ギャグ作品大好き人間として、見て見ぬ振りはできなかったのでございます……!
この作品は、たろ様のみ、お持ち帰り自由とさせていただきます。
本当に、ありがとうございました!  木公














 闇を舞う三羽烏が末妹、ささ美。
 長兄がどんな鳥よりも速く、次兄がどんな強い風の中へでも雄々しく立ち向かい飛ぶのに対し、女怪である彼女はまるで風に花びらが乗る如く、すいと音も無く忍んで飛ぶのが得意のカラス天狗であった。

 速く届けたい文は長兄へ、遠くへ届けたい文は次兄へ、忍んで届けたい文は末妹へと、いつの間にやら役割が出来上がり、三羽ともが奴良本家や貸元連中にもすっかり頼りにされ、ありがたくも奴良本家の総大将や若頭までが覚えめでたく使われるほどだ。
 三羽の父などは、「三兄妹揃わぬとまともな仕事もできやせぬのか。お前達、世間の評判に甘えていないで、さっさと一人ずつ、『速くて遠くて忍んで安心』の一人前のカラスになるのだぞ」と、申し渡すが、若くして名高い息子たちや娘が、可愛くないはずがない。表立って誉めれば親馬鹿と謗りも受けようから、殊更に厳しく申し渡し、何かにつけ、馬鹿息子、馬鹿娘と呟いてはいるが、寒い冬や冷たい雨の日に任務に疲れて帰ってくる三羽を迎える部屋の火鉢を、自らの手で火をおこしておいたり、兄妹が休む部屋の寝床にはそれぞれ、湯たんぽをしのばせておいたり、不器用ながら父親としての情愛は三羽にきちんと伝わっている。

 父の情愛や、奴良本家への仁義に応えんがため、三羽は命じられればどこへでも飛ぶ。
 無理難題の類と思われるものであったとしても、無理難題であると判じるのは己の役目ではないと、まずは飛ぶ。帰ってきたばかりの翼で命じられたとて、飛ぶ。羽が千切れてもげるのではないかと思うほど疲れていようと、飛ぶ。
 たとえ、命が枯れようとも。
 息が上がり、目が霞んでいようとも。

 ぐらり、と目の前の風景が歪み、いけない、とささ美は思ったが、避けられず、脇の巨木の梢に羽をひっかけてしまった。これで、今夜は四度目のへまである。
 再び枝から飛び上がった彼女だが、忍ぶどころか、ばっさばっさと余計な羽音をたてて尚、己の体をようやく空へ捕まえておくのが精一杯であった。
 今にも地べたに墜ちてしまいそうである。

 無理もない話であった。
 この七日間、ずっと飛びっぱなしなのだ。そう、ずっと。早朝から、夜更け過ぎまで。
 それでも任務は務めなければならない。彼女だけではない、二人の兄も、それに浮世絵町の全ての烏が、疲れ切っているはずなのだ、彼女だけがここで倒れるわけには ―――

 ――― 駄目だ。

 飛び立つも、不完全だった。
 上手く風に乗れず、たちまち失速して墜ちかけた彼女は、もがきながら森へ落ちていき ――― しかし、がしりとその体を支える者があった。

 覚悟して目を閉じていたささ美が、おそるおそる目を開けると、そこには。

「黒羽兄……」
「喋るな、ささ美。お前はもういい、休んでいろ」
「でも、まだ、任務が……」
「後は俺がやる。 ――― 件の文は」
「……でも」
「いいから、文を寄越せ。お前ごと、本家に届けてやる」
「兄者も、これからあちらへ向かわれるところだったのでは……」
「たった今出てきたばかりだ、一度帰るくらい、なんでもない」
「しかし、私は……奴良家の、カラスとして……任務を、放棄するわけには……」
「ささ美、お前も俺も、奴良家の誇り高きカラスだが、お前はその前に、俺の可愛い妹だ」
「……兄者、すまない……」

 がくり、と、腕の中で重さを増した末妹を抱く腕に力を込め、黒羽丸はたった今飛び立ってきた道をとって返す。時間はとられてしまうが、致し方ない。任務も大事だが、憔悴しきった妹の体も大事だ。
 ふと辺りを見渡せば、この森の葉陰には、任務に疲れきってのことだろう、多くのカラス達が、じっと息を殺して黒羽丸が通り過ぎるのを待っているのだった。末妹とは言え、妖怪カラス天狗の一人であるささ美が、こうして息も絶え絶えになるほどなのだ、相当な無理を彼等にも強いてしまったことであろう。

 つい昨日も、馴染みのカラスが一羽、このままでは近いうちに死んでしまう、実際に寿命が縮まる想いである、山に七つの子もあることだから、今死ぬわけにはいかぬ、ぜひともお暇を頂戴したいと、疲れきった様子で涙ながらに訴えてきたほどだ、今の黒羽丸は、彼等を咎める気にはなれず、見て見ぬふりを決め込んで、彼自身も少しばかりくたびれてきた翼をはためかせ、奴良家へ急いだ。
 ぎり、と、唇を噛む。
 任務に疑問を抱くのは彼の役目ではない。ないが ――― だからこそ。

 ―――― 。

 しばし考えるようにゆっくりと風に乗っていた翼が、今、一際強く羽ばたき、流星のように空を駆けた。





「 ――― 何と言った、馬鹿息子」
「だから、いざとなったら、腹を切る覚悟だと言った。とは言え、親父には迷惑をかけることになるかもしれない。悪くすれば破門、いや、一家全員の手打ちも考えられる。そうなりそうならば、親父、いざという時には、俺に腹など切らせず、一想いに俺を斬って手打ちにするよう総大将と若へ請うてくれ」

 座敷で向かい合う二人のカラスを、行灯の灯が照らしている。
 父の影が揺らいだのは、灯がちらと風に揺らいだからか、それとも息子の、いつもながら怜悧なおもての内側に揺らぐ灯のほうにこそ、揺らいだからか。

「本気……だな。お前の口から冗談なぞ、聞いたこともない。だが……そうだな、このままでは、浮世絵町中のカラスが皆、奴良家から離れてしまうかもしれない。ささ美だけでなく、トサカ丸ももう限界。お前とてそうだろう。……ならば、黒羽丸、その役はこの父がやる。これから長じるを期待される若者より、老いていくばかりの妖怪が一匹いなくなる方が、奴良家にとっても良いだろう」
「いや。親父は奴良本家になくてはならない存在だ。俺には親父の代わりはまだできぬよ。だが、俺の代わりは、トサカ丸とささ美が二人で務めてくれよう」
「馬鹿モン!この父より先に逝くなどと言うな、少しは察しろ、黒羽丸!」
「親父」
「なんじゃ」
「だとすると、俺は最期まで馬鹿な真似をして親不孝するが、許してくれとは言わない。不徳な息子を持ったと思って、諦めてくれ。……来世があるならば、次はまた親父の息子に生まれたい」
「こいつ……黒羽丸、待て、待たぬか……!……嗚呼、何故……」

 言うことだけをいい終えると、決然とした表情で、黒羽丸は座敷を後にした。
 息子の決意を思えば、追うに追えず、カラス天狗は小さく丸い体を、座布団にほとんど埋めるようにしぼませて、嗚呼、嗚呼、と嘆く。

 浮世絵町中のカラスは既に疲れ果てている。
 誰かが止めねばならない、そう、誰かが。
 だが、主が為すことに、配下の妖怪風情が、どうして口を挟めよう。ましてや、たった今、黒羽丸が父に語って聞かせた計画は、大事になればたった一人の手打ちでは済まないだろう。


 奴良組若頭を、強制的に拉致するなど ――― 。
 しかも、抵抗するのであれば、力づくで、などと ――― 。


 たった一人の女が居ないだけで、こうも事態は悪くなるものだろうか。
 カラス天狗は、言わずにはいられなかった。

「何故、こんなことに ――― !」





 ――― と、最初だけでもちょっと薄暗くしてみました。
 ちょっと薄暗すぎたでしょうか。明かりつけましょうね。パチリ。

 こんばんわ、語り部でございます。

 舞台は平成の世、奴良家の何気ない日常的な夜でございます。
 はい、紛れも無く、日常でございます。

 若頭がびしっと関東一帯に威光を轟かせられている、一時は衰退しかけた奴良家も、以前のごとき隆盛を取り戻し始めておりまして、戦わずして傘下に下ろうとするものも増えてございます。
 おかげで、毎日が宴会騒ぎでございますよ。
 一人傘下に入れば、次の日には二人やってくる。その次の日にはまた一人かと思いきや、昼間に一人、夕暮れ時に三人、てなもので、そうなると自然、新たに加わった傘下を招いた宴となるのが自然な流れ。

 今日も今日とて、カラス天狗と黒羽丸が向かい合っていた座敷にも、ちんとんしゃんと賑やかな音色や、青田坊の機嫌の良さそうな、がははははという笑い声が聞こえてきます。

 むつかしい顔をしているのは、カラス天狗どもばかりでございますよ。それも致し方ない事情があってのことでございますから、風情のないことと叱らないでやってくださいませ。

 ほらほら、いつどこにだっているでしょう、飲み会だ、新年会だ、忘年会だって言う日も、普段と変わらず勤勉に任務をこなさなければならない輩。ようやく任務が終わって合流したら、すっかり皆は出来上がってる ――― なんてね。
 カラスたちってのは可哀相なものでして、皆より酔いが廻るのが遅い時期にしか加われないもんだから、やれ真面目だの、堅物だの、融通がきかないだの、鉄面皮だのと好き勝手に酔っ払った妖怪たちに好き勝手言われておりますが、別に酔いたくない理由など無いのです。
 皆様にも覚えはございませんでしょうか、遅れて行った宴で、皆がすっかり出来上がってるところで、ぽつねんと座っている素面の侘しさ。そこから宴の波に乗るのは、最初から宴の席にあるよりも余程、気力を使うものです。
 特に、彼等カラス天狗は、酔って冗談を言ったところで、それが冗談だとわかるのは同じカラス天狗同士ぐらいで、つまりまあ、酒の席で言われるように真面目で堅物で融通が利かない鉄面皮な生き物でございますから、いくら気力を振り絞ったところで、持って生まれた性格を変えることなどできぬのです。
 冗談すら、真顔で言う彼奴等なのでございますから。

 しかし何故このように、カラス天狗たちだけが、過労死寸前のハードワーク、労働基準法を完全無視したサービス残業に追われているのかと時を少々遡って考えてみますと、他ならぬ、その酒の席にここのところ姿を見せない、一人の女のためでございます。
 その女が、言い放った、一言のためでございます。

「 ――― 実家に、帰らせていただきます」

 ええ、まさにその一言でございますよ。涙目どころか、もう滝涙で、その女は言い放ったのです。
 鼻水をすすってえぐえぐとやりながら、少ない荷物を風呂敷に包んで担いだ雪女は、遮ろうとする男君の脇を通り抜け、そそくさと行ってしまおうとします。
 この騒ぎを、本家連中は遠巻きに見つめておりました。

「え。ちょ、つらら、待てよ、悪かったって。わざとじゃなかったんだし、そんなに怒ることはねぇだろうが」
「怒ってなどおりません。ひたすらもう、自分が馬鹿で間抜けで情けなくて仕方が無いだけなんですッ。うわああんもうお嫁にだって行けません、実家に帰って北のカムイ属との縁談でも見つけてもらってつららは北の土地の雪に消えます今までお世話になりました若ああぁぁぁ」
「待てって言ってんだろうが、おいつらら!」
「待ちません!もうさようならです!こんな間抜けな側近、若の傍にいても何のお役にもたてません!守役ももう必要ないことでしょうし、お暇をいただくのには良い機会に違いありません!」
「さようならって、そんなのオレが許すかよ。役に立つかどうか、それはオレが決めることだ、おい」

 どたどたと足音もけたたましく雪女は早足で渡り廊下を行き、玄関にたどり着き、本家連中が見物する中、すたすたと屋敷を出て行ってしまいました。男君もこれを追います。
 本家連中と来たら、まるで危機感などありません。
 それはそうです。この二人の言い合いなど、痴話喧嘩に他なりません。
 若頭がこの女をさっさと側女にして夜伽をと申し付けないのは、そんな安い女として扱いたくないからに他ならず、いつか若頭が三代目とおなりになったあかつきには、きっとこの女を正式な妻として娶るおつもりなのであろうとは、皆が皆、思っていることです。思っていないのは、雪女ばかりでした。

 というわけで、「若と雪女、またやってるよ」「お熱いわねェ」なんて評しながら、決して二人を追おうなんて野暮はしなかったのです。下手に邪魔さえ入らなければ、男君のこと、口八丁手八丁をつくして、あの女を連れ帰ってくるに違いないのですから。
 しかしその日に限って、男君には運の悪いことに、何とも無粋な邪魔が入ってしまいました。
 いや、邪魔、というより、致し方ない状況だったのだと、思われるのですがね。

 先だって申し上げましたように、カラス天狗というのは他の妖怪が宴に興じている間も忙しくしていることの多い、真面目な一属でございます。中でも、奴良本家の三羽烏が長男、黒羽丸は、父譲りの融通のきかなさで、時折、若頭も辟易としておいでなほどです。
 この黒羽丸、毎日決まった時間にある程度の巡回場所を定めて、弟たちと手分けしてあちこちを見回っております。この日もそうでした。

「おい待てよ、つらら、待てったら」
「いやです、待ちません、さようならですったら」
「本気で悪かった、本当にすまなかったから、出て行くなんて言うな。いや、帰りたいなら止めやしないが、ずっといなくなるなんて言うな」
「いいんです放っておいてくださいこんな女のことなんて忘れてリクオ様は素敵な三代目におなりあそばしていつか素敵な女性を見つけてくださいああでも決して下心ある女にはひっかからないでくださいましねいいですか必ず昼の御姿でも夜の御姿でも隔てなく接してくださる奥方を見つけられてくださいねいつかつららがリクオ様に相応しいこれという女を見つける気でいましたがそれができないことが唯一の心残りでございます今までお世話になりましたああああ」
「お、おまっ……さらっと今酷いこと言ったろう?!あのなあ、ずうっと言い続けてるが、オレはお前が」

 男君が雪女を追い、雪女が逃げ、男君が雪女をさらに追いかけて雪女の腕に手をかけて、こちらを向かせようとしたとき、雪女はちょうど通りがかった黒羽丸を上空に見つけて、こう叫んだのです。

「きゃあああああああッッッ!!!痴漢よおおおおぉぉぉぉッッッ!!!」

 一瞬怯んだ男君の手を掻い潜り、どろんと雪女は勢いよく舞わせた粉雪に紛れて、いよいよ姿を消してしまいました。
 さらに、上空でこの声を聞きつけた黒羽丸が、ここへさっそく駆けつけて。

「何、痴漢だと?!貴様、ここが奴良組のシマだと知った上でそんな狼藉……って、若?」
「 ――― 痴漢って……痴漢って言われた……惚れた女に……痴漢って……」

 可哀相に男君、もう涙目どころじゃありません。腰砕けで立ってすらいられません。
 前のめりに膝と手をついてしまわれて、「……しばらく立たないかも」と呟かれておられました。
 そうですねえ、しばらく立ち直れそうにない御様子でした。言葉尻は深く追求しますまい。殿方にも生理的事情はございますもの。

 何度も申し上げますけれど、黒羽丸、融通がきかないのです。
 しかし、決して、悪い奴ではないのですよ。真面目すぎるのです。
 なので、たった今追われていた様子の女がどうやら逃げおおせたらしいと知り、その女を追っていたのはどうも、目の前の男君でいらした御様子なので、そっとお声をかけました。

「……まさか、若、痴漢をなさったのですか?」
「するかよッッ!!!」