気がつくと、夜明けが近い。
 カナはいつの間に自分が身を横たえていたのかわからず、しかも頭がぼんやりしているので、昨日は何をしていたのだっけ、そんなに夜遅くまで仕事をしていたろうかと、想いを巡らせ ――― 気づいて、がばりと身を起こした。

 リーリー。リーリー。

 まだかすかに、虫の音がする。
 カナを守るように脇に座っていた人影が、動いた。

「起きたか、家長さん」
「ゆらちゃん ――― そうだ、リクオくん。リクオくんは?!」
「安心しい。憶えてはるってことは、消えてへんし、死んでへんし、あの二人をあんな悲惨な未来は待ってへん、そういうことや」
「でも ――― それじゃ ――― 一体、どこに」

 周囲を見回す。
 自分たちは、草叢に倒れこんでいたらしい。

 すぐ側で、清継も、島も、鳥居も、巻も、すっかり前後不覚で眠っている。

 ついさっきまで、嬉しそうに笑う友人の姿に、カナはすっかり安心して、嬉しさにいよいよ涙がこらえきれなくなって、今まで忘れていて本当にごめんと、あの頃のままの優しい彼に、大好きだった彼に、賑やかさの中で、ありったけの言葉を尽くしていたはずなのに。

 ゆらは、ついと、カナの背後を指した。

 黙って背後を指す彼女の面立ちは厳しく、否定を許さない。
 振り返れば残酷なものを目にすることになる、しかし見なさい、目を瞑らないのなら見なさいと、無言でカナに語りかけるゆらの視線を追うようにして、カナは、おそるおそる、振り返った。

 振り返らねばよかったと、途端に、後悔した。

 そこには古びた墓があった。
 都市開発の末、草叢の中に忘れ去られた、古びた墓にはこう刻まれている。
 奴良家、と。

「嘘 ――― だって、ここはリクオくんが住んでたお屋敷があって ――― 私、ちゃんと、思い出したのに。皆だって、どうして?」

 カナに続いて、周囲の皆も、目を覚まし始める。
 皆がカナと同じように、奴良リクオを覚えていて、つい先ほどまでそこに居た、姿変わらぬままの友達を捜して、その後ろに控えていた美しい女を捜して辺りを見回し、カナと同じ、墓に視線は行き着く。
 苔生し、風雪にさらされ、くすんだ墓石にはしかし、しっかりと、誰にも読めるように、奴良家の文字が刻まれている。

 初めてここに来たときには、文字など読み取れぬ、ただの墓石でしかなかったのに。

「結界を敷いて、人の目を晦ましはってるんよ。あんた等、不思議やなかったんか?子供の頃、この屋敷に入ったとき、人間のお客はんが来はったこと、一度もなかったやろう?
 あれはな、見えてへんのや。今のうちらと同じように、な」
「どうして。あの頃は、ちゃんと見えてたのに。ちゃんと、友達だって、言ったのに。どうして?」
「あの頃は、皆、子供やったから。子供やったから、通ることができたんよ、人と妖の境界線を、何も気づかず、友達やからっていう、それだけで。今はもう、違うやろう。皆が皆、大人や。寂しいけどな、そういうもんや。子供は通れる場所も、大人になると通れなくなる」
「そんな ――― 折角、見つけたのに?」
「せやな。見つけられたな」
「だって ――― ちゃんと、思い出したのに?」
「うん、思い出せた。うちは、この日が来ることを、ずうっと前から、ぬらくんと一緒に戦って、ぬらくんが一人、時間稼ぎの大願を定めたあの時から、ずうっと、ずうっと、望んでた。家長さんやから出来た。主の、ぬらくんの幼友達で、力の弱いただの人間の家長さんやから、できた。守られるモンが、優しい檻から逃げようとしたときにこそ、内側から穴が開く。だから、家長さんのおかげや。まぁ、これから少ぅし、全国民が苦労しはるかもしれんけど」

 言って、ゆらは立ち上がった。
 すっかり短くなってしまった髪を、西風に遊ばせ、しばらく切って放置していた携帯電話の電源を入れると、途端、けたたましく電話が鳴動した。
 もしもし、と、腕が許す限り遠ざけてから通話ボタンを押す彼女に、携帯電話からおそらく彼女の兄の怒号が、らしくもなく上方訛り交じりで聞こえて来る。

 あー、うるさー、と、携帯電話を汚れ物のように摘みながら、ゆらはこれにうんうんと答え、流し、しらんわそんなもんと逆切れし、怒鳴り散らされた分だけ何事か怒鳴り散らして、自分からぷつりと電話を切った。

「この一晩で、ちょいとせわしない事になったらしい。昨晩空を通って行ったんは、アメリカ空軍の戦闘機やって。領空侵犯やとか、北の動きに備えたやむない措置やとか、お偉いさんは喧々囂々の大喧嘩らしい。朝から円も売り払われて、今までの反動なほどの円安やって。
 そんなモン、陰陽師がいくら加持祈祷したかて防ぐのは無理やろうが。
 ま、あの阿呆兄が言うとった通り、大願成就がかなわんかった分のツケっちゅーんは、ほんまなんやけど ――― どないする、家長さん?」

 座り込んでいたカナは、試されるような視線にさらされて、はっと我に返った。

 事前の知らせ無しの領空侵犯、それが嘘でも本当でも、突如の轟音にまさかと耳を疑った人々は多いだろう。
 今頃、街はパニックに陥っているはずだ。
 経済が動いているとなれば、何事か大きなうねりがあるに違いない。
 カナの表情が、ここ数日の迷子の少女のようなそれから、凛と今と未来を見定める、戦う女のそれへと瞬時に変わって、すぐそこに転がっていたショルダーバックを手繰り寄せた。

「ごめんみんな!私、会社に戻る!」
「おぉッ?!家長くん、そんな、昨日の今日だよ?!ほとんど貫徹じゃないか!」
「でも、きっと仕事、大変なことになってるから!ほんと、ありがとう!今度改めて御礼の電話するから!慌しくてごめん、ほんとにほんと、ありがとう!」
「ほんならうちもここで、さよならにしとくわ」

 家に一度戻る気でいたのだが、ゆらにはその気は無いらしい。
 元々が、荷物も財布と身の回りのものくらいで、カナの家に押しかけた彼女は、来たときと同様、そのままの姿で京都へ戻るつもりらしい。

「政財界の方々が、入院名目で押しかけて来よるんが、目に浮かぶようや。早いとこ、神妙に加持祈祷しといたことにせんと」
「なんだぁ、清十字団、一晩だけの復活かぁ」
「ふふふっ、沙織、なんだかんだ言ってノリノリだったもんね」
「つか、領空侵犯って ――― マジすか?予言ってそんなにすごいモンだったんスか?」
「お馬鹿だなぁ島君。予言なんて、必ずあたるように出来ているものなんだよ。何か悪いことをそれらしく言っておけば良いのだから。そしてゆら君が言ったように、あれは言霊の一種。『悪いことを言うと本当になる』などと言うだろう?悪いことは本当になるようにできているのだよ、あらかじめ。可能性の問題なのだから。そんなものに惑わされちゃいかんぞ。そんなものが、あの主と僕の友情にヒビをいれるなど、言語道断!
 ――― とは言え、こうなると僕も研究ばかりしてはいられないかなぁ。父がそろそろ仕事を手伝え手伝えと煩いから、引きずり出されるかもしれない。僕も今日は一度、自宅に戻ることにするよ」
「それじゃあ」
「また今度、だね」
「うん」
「せやな」
「今度は、盛大に同窓会チックにやりましょうよ!及川さんとも、もっと話したいし!」
「あ、あのね島君、つららちゃんは、その……」
「しっ。家長さん、あかん。ワールドカップが近い今、モチベーション下がるような話題は厳禁や」
「え?なになに、なんスか?」
「そうだねぇ!今度は是非!主こと奴良リクオくんと、及川君も交えて、妖怪パーティなんていいよねぇ!よぉおぉし、燃えてきたぁあ!」

 皆、互いにそれぞれ役目がある。

 行く場所が同じ学校だったあの頃とは違う。
 使う電車もバスもまちまちで、降りる駅もそれぞれ違う。
 あの頃は、皆がずっと同じ駅で降りて、同じ学校へ通って、遠くへ行ったとしても、それほど変化は無いんだと思っていた。

 違った。世界は思っていたよりも、広かった。

 だから願いを込めて、彼等はこう言うのだ。



「じゃあ、また、そのうちに」



 素晴らしき日々の果て、また会いましょう、私たち、と。



 またね。また今度。近いうちに。

 そう言うのは、また会えることを疑っていないから、平和ボケしているからそんな風に笑って送り出せるんだと、誰かが言っていた。
 それは違う、と、ここの誰もが首を振るに違いない。

 また会いたいから、さよならを言わない。
 こんな世の中になってしまってと年寄りたちが溜息をつく、そんな時代に一緒に幻滅などしていられないから、まだまだ世の中に文句を言い足りないから、それを潜った先で、また会いましょう、一緒に戦ってきた成果を語り合いましょうという約束を、するのだ。



 いつか会いましょう、私たち。



 今度こそ、忘れぬ約束を交わして彼等は、別れた。















 そんな約束をしたなぁと、家長カナが不意に思い出したのは、さらにその、五年後のことだ。

 あれから、日本は結構大変だった。
 すぐ西の方で起こった紛争に巻き込まれそうになったときには、軍隊を持つ持たないの議論が何百万回も交わされ、同盟を結ぶ大国からすら圧力がかかり、傀儡政府と嘲笑された内閣に、国民は怒った。
 天災のときには温厚なくせに、革命となると日本人は結構喧嘩っ早い。

 結果、細かな意味では、あの予言は、本当になってしまったのかもしれない。

 日ノ本は滅びた、と言うべきか、どうか。

 以前とは違う形になった。
 議員内閣制をやめて、大統領制になった。
 もちろん、そうなるまでには憲法の改正だの、国民投票だの、色々あった。
 デモもあった。

 末に、国の形が変わったと言っても過言ではない。
 なら、国の名前が変わらずとも、あの頃の日本という国は、なくなってしまったと言えるのかもしれない。

 けれども以前と同じように、空は晴れ、雲は行き、電車は行き交い、バスは通り、幼稚園はある。

 自分が通った幼稚園に、今度は息子を通わせることになるとはねぇと思えば感慨深いカナは、入園式の前に、ちょっと懐かしい幼稚園のグラウンドを見回しているうち、ほんの僅かの隙に、息子の姿を見失ってしまった。

 おや、と焦ってその姿を捜し、その辺りのお母さんたちに行方を尋ね、知らないと言われ、捜しまわった挙句にカナがたどり着いたのは、立派に建て変わった幼稚園の裏。
 そこで、カナは奇妙な声を聞いた。

「何奴だ」
「人間の子だぞ」
「我等が見えているのか」
「お主、我等が見えるのか。ん?見えているのか?」
「何とする。若が妖の血を引くと、ふれ回られては大変だぞ」
「食うか」
「これこれ」
「しかし」

 虫がぎしぎし鳴くような、鳥が喉から搾り出すような、自分が幼い頃たしかに聞いたあの時の声が、塀の裏から届いて、カナはびくりとその場で立ちすくんでしまった。
 まさか、と、カナは冷たい汗が背中を伝うのとは裏腹、たしかな興奮が胸を打ったのを、気づいていた。
 まさか、これは。

「おいおい、おめーたち。オレの頃からてんで進歩がねーじゃねーか」

 続いて聞こえてきた声に、カナはいよいよ目を見開いて、塀から一歩そちらに、足を踏み出した。

 不思議な、懐かしい光景だった。
 電柱にとぐろを巻いた、一口でその少年を飲み込んでしまいそうな大百足があり、一本足に下駄をはいた一ツ目の傘があり、豆腐を持った小僧があり、火の玉があり、つるりとした禿頭の男の顔が真ん中にくっついた車輪があり、他にも大小様々な生き物たちが、そこに居た。

 カナの一人息子は、あんぐりと口を開けて、奇妙な珍しい生き物たちに魅入られたように、泣きもせずこれ等を眺めており、さらには向こうから、息子と同じ年頃の少年が、初めて見るのだろう、同じ年頃の少年である息子を、じいと興味深そうに見つめている。

 銀糸の髪をきゅっと一本に結んで、大きな琥珀の目でこちらを見つめているその子の後ろから、おやと声を上げる男が居た。

「 ――― カナちゃん」

 昼日中であるというのに、塀の影が作るほんの僅かな闇に紛れて、妖怪の主たるその男は、変わらぬ青年姿で目を細め、彼女の名を呼んだ。
 その隣に控えていた雪女もまた、こちらを見てにこりと笑み、そっと頭を垂れる。

 彼が息災なのは、知っていた。
 カナの結婚式に、名前を添えた贈り物と、祝電を夫婦連名で、送ってきてくれたので。

 他の皆にも、それぞれ、人生の節目節目に、まるでどこかで見守ってくれているのではないかと思うほど速やかに、細やかな言祝ぎや、粛々とした悔やみの言葉が、送られてきたので。
 心に寄り添ってきてくれていたので、久しぶりだけれど、不思議と、気後れはしなかった。
 するりと心に入り込み、寄り添う、嗚呼本当に、ぬらりひょんとはなんと不思議で、憎めぬ、おそろしい、いとしい、妖であるのだろう。

「久しぶり ――― 本当に久しぶり、リクオくん」
「ああ。本当に。その子、カナちゃんの子かい」
「そうよ。もしかしてその子が、あの時、つららちゃんのお腹に居た子?にしては、少しちっちゃいんじゃない?」
「妖怪の血が強いみたいでな、成長が少し遅いんだ。カナちゃんの子は、ちっこい頃のカナちゃんそっくりだな」
「それがねぇ、私に似ずに、無鉄砲でやんちゃで困ってるのよ。あ、こら!ススム!」

 カナの心配は現実になった。
 向かい合った幼子の、銀色の髪が珍しかったのだろう、息子はあろうことか、魑魅魍魎の主、四代目候補の長く結ばれた髪を、大根の葉っぱかなにかのように、むんずと掴んで引っ張ったのだ。
 たまらず、ぴいと泣き声をあげた若君に、辺りを囲む妖怪たちはおろおろとし、三代目は、はあと深い溜息をついた。

「いいねぇ。実にいい。男ならそれぐらいが丁度いいと思うんだが ――― 見ての通り、泣き虫弱虫、その上甘ったれでなぁ。ちょいと甘やかしすぎたかねぇ。おいこら李氷、男がぴいぴい泣くんじゃねぇ!」
「ススム!離しなさい、謝りなさい、ススム!」
「おぉお、ママ、あいつの髪、本物だ!きらきらしてて、すげぇ綺麗だ!」
「はいはい綺麗だったのね。光モノを見たら掴むって、カラスかアンタは!」
「いてぇ!……ね、ね、おじさん、ママの友達なの?!」
「ん?おぉ、幼馴染だ」
「ふぅん」
「どうだい、おめぇもこいつと、友達になっちゃくれねーかい」

 くすんくすんと泣く、さっそく手酷い目に合った四代目(候補)は、父親の声を聞いて、「えぇー」といかにも嫌そうな声を上げた。
 これを受けて、カナの息子の方も、「えぇー」と答える。

「やだぁ。父さん、あいつ乱暴だよ。怖いよ。人間って、みんな、ああなの?」
「やだぁ。そいつ、泣き虫じゃん。男のくせにぴーぴーしてんじゃねー」
「……泣き虫じゃないもん」
「だったら一人でこっちこいよ。そうしたら、友達になってやるよ」
「だって、髪、引っ張ったもん」
「本物かなって、思ったんだよ。もうしないって。ほら、あっち行って、遊ぼうぜ」
「んー……」

 どうしようかな、と先ほどまで泣いていた少年は、同じ年頃の遊び相手というのが大変に魅力的だったらしく、もうすっかり涙など乾いてしまっていた。
 差し出された手と、後ろの父や母とを見比べ、父と母がしっかり頷くので、おずおずと、人間の少年の手を、取った。

「俺、ススム」
「僕、李氷」
「さっきはごめんな」
「うん。……許してあげる」
「あっち行こうぜ!ブランコしよ!」
「うん!」

 旋風のように子供等が行ってしまったのを見送ってから、カナはかつての幼馴染と、そして一歩後ろで笑んでいる彼の妻とを見比べて、笑った。

「元気そうだね、リクオくん」
「ああ。カナちゃんも、息災なようで何より」
「今度は、うちの息子がお世話になるかも。お屋敷で大暴れとかしちゃったらどうしよう、先に謝っておくね。つららちゃん、あの子、ちょっとぐらい怖がらせてもはしゃいで笑うような子だから、もし遊びに行ったなら、躾、任せるから」
「ふ、ふえぇッ?!そ、そんな私、三人で精一杯ですよう!」
「三人?」
「ん?氷麗、三人って何だ。李氷と、まだやや子の澄麗と ――― 」
「あらやだ、ご自分を忘れてらっしゃいますよ、リクオ様。ホホホホホ」
「なるほどそうか、って、何を言いやがるこら」
「 ――― あー……ホント、お幸せそうで、何よりだわ」

 もうすぐこいつめと言いながら、雪女の頬をつつき出しそうな魑魅魍魎の主に、カナは一気にどっと疲れたような溜息をつきつつ、呼び起こされた記憶に、「まぁ、昔からそうだったもんねぇ」と、口にした。

 中学生の頃、幼馴染の彼が妙に気になって、すぐ側に居た及川氷麗という少女が何者なのかとか、自分の方が彼をよく知っているはずなのに取らないでよとか、的外れの独占欲に囚われていたことがあるけれど、それよりも昔に、そう、とうの昔に、カナは引導を渡されていたのだ。

「へ?昔? ――― ほら、リクオ様が中学の頃から、おやめくださいと言うのにじゃれついてこられるからですよ。だらしないオトコと思われていますよ」
「え?そうかなぁ。それこそTPO考えてたぞ、昼だったし」
「ううん、もっと昔。今みたいに、入園式のあの日」
「あの日?」
「まぁ、何でしょう」

 むむ、と主は腕を組み記憶を探って ――― 思い当たったらしい。
 呆気に取られたその拍子に、妖気を集中するのを忘れたのか、するり、濃紫の妖気がほどけて、目の前に現れたのはカナがよく知る、幼馴染の姿の方だった。

「わ、わーッ、カナちゃん、だめ、だめだよ、それは言っちゃだめ!」
「えぇー。そこまで惚気ておいて、それは嫌がるわけ?リクオ君、ツボがよくわからない」
「だ、だって。そんなちっちゃい頃のこと、恥ずかしくて!ああもう……帰るぞ、氷麗!」
「え、あの、リクオ様?!せっかく家長さんと会えたのに、もっとお喋りしなくていいんですか?!」
「いーから。じゃ、またねカナちゃん!そのうち、ススム君連れて、また遊びに来てよ!」
「え、え、あの、あの日のことって、なんです?!は!まさか私の知らないところで家長と……?!」
「どーしてそうなる。あの頃ボクは、幼稚園児だったわけだが」
「リクオ様は、おませさんでいらっしゃいましたから」
「はいはい、わかったわかった。おらおめぇ等、ぼーっとしてねーで、真昼間に枯れススキもあったモンじゃねぇ、見送りはしめぇだ、帰るぞ」

 ひらひらとカナに手を振って、日ノ本の魔を統べる王その人は、しっかと妻の手を握り、周囲の妖怪どもに囲まれて、瞬く間、姿を晦ましてしまった。

 後には燦燦と、春の日の光が降り注ぐばかり。

 くすりと笑って、カナは正門へと急いだ。
 もうすぐ、入園式が始まる頃だ。
 奔放な息子が服を泥んこに汚す前にとっつかまえて、ちょっと引っ込み思案らしい幼馴染の息子が大勢の人間に驚いて泣き出す前に宥めてやって、集合写真を撮ったなら、幼馴染の家の分を買ってやらなければ。
 きっとその辺の電線に止まっているカラスに言えば、後から小銭は家のポストに届けられるのだろうから。



 それにしても、と、カナは、幼馴染の愛しき魔王のあの慌てぶりを思い出して、くすと笑うのだ。



 さっきの綺麗な女のひと、だぁれ。カナは、あの日、そう問うた。
 女なのに、いや同じ女だから、ドキドキとして、憧れた。
 あのひとのようになりたいと、その頃から、身の回りに気をつけるようになったのを、よく憶えている。
 おかしなものだ、その彼女に、思春期の頃、嫉妬を覚えていたなんて。

 小さな幼馴染は、裏で別れてきた雪の娘のことを言われたのだとすぐに判って、まるで自分のことのように、胸を張ってこう答えた。
 あれは、ボクの雪女。
 綺麗でしょ?いつか、ボクのお嫁さんになる女だよ。



「あの頃から、主様は雪女を己の妻にと望んでおいででございました、かぁ。ほんと、マセガキ」



 そこまで望んだ女なのだから、憎まれても、疎まれても、側に置きたいと、主は思い続けたに違いない。
 幸せになれぬとわかっていても、地獄を分かち合うとわかっていても。
 供に行く以外の道など、露ほども考えられなかったに違いない。

 だからこそ、彼等を祝える自分になったことこそが、カナは誇らしかった。

 二人は二人だけで幸せになれるものではない、お幸せにと言祝がれてこそ、幸せが千にも万にも膨れ上がる。
 かつての日本にとって、あの予言は成就されてしまったのかもしれないけれど、変化はいつか誰にでも起こるもの。
 それでも日は昇り、風は吹き、木々は育ち、花は咲く。
 滅びは絶望ではない、今あるものの再生への、前触れでもある。
 日ノ本という国の名がいずれ無くなろうとも、滅びようとも、人は生まれ、育くまれる。

 連綿と、続いていく。

 それが世界の、結論だった。


<了>











...か く れ お に...
おかしいな、見つかっちゃった。ねえカナちゃん、どうしてここだってわかったの? 簡単よ。目を開いて、捜してみたの。リクオくん、みぃつけたっ。
ずっと、ずっと、友達だよ。ずっと、ずっと、ずうっと。