「 ――― というような、後々一人寂しい老後にならないためにも、なあ人間のオレ、オレと一つになろう」 ――― 哀しい夢だった。 むしろ悪夢だった。がばりと跳ね起きてみれば、そこは己の部屋。 誰の気配も無いが、ただ一人、窓の桟に腰かけ、庭を見つめるそいつの姿があったので、夢から醒めたはずの今も、まだ夢の中であるのだと悟る。 目が合うと、悪戯っぽい猫のように、紅玉の目を細めて、そいつは笑った。 ほろりと己の目尻から一粒、伝ったものに気付かれぬよう、やや下から睨みつける。 「断る。言い方がエロい。手を握るな。そのとろんとした寝惚けたツラ洗って出直してこい」 「オレと一つになると、氷麗とも一つになりやすいぞ、きっと」 「君はボクの知らないところでそんなことしてるんだ。へえ。ほお」 「誤解だまだやってねぇ。オレにとっても悪い話じゃねえってことだよ、お前口上手いから。祢々切をひっこめろアブナイっての」 「ったく、口が上手いのはどっちだよ。君と一つになっちゃったら、魑魅魍魎の主ロードまっしぐらじゃないか。ボクはまともな人間になるって決めてるんだ」 「たかが十二で将来決めてどうするんだよ。やるならでかくキメようぜ。世界征服しようぜ世界征服。そのためにゆら(勇者)を餌付けしてんじゃねーか」 「ガキか、君は」 「ガキのうちに夢見て何が悪いんだよ。じゃあお前は人間になって何したいのよ」 「あー……うん、それはあんまり、決めてないんだよなあ。普通の人間として大学まで出て、就職して、あたりさわりなく仕事やって、ローンでもいいけど頭金ためて家建てて、氷麗とだったら何人でも欲しいけど、まず子供は二人くらい?」 「家、あんじゃねーか。なんで出て行く必要ある」 「考えてもみてよ。ここ、ボクの実家だよ。氷麗は結婚前も結婚後も、旦那の家で姑や舅と同居じゃないか。息とかつまるんじゃない?」 「なるほど」 「だからだね、まずはボクが立派な人間になって」 「わかった、協力しよう」 「え。いやちょっと待って。君に何ができるっての」 「きっと色々便利だぞ。営業にまわされたらまず困るのが外回りだ。営業車に乗っても駐車場がねぇ。そんなときに朧車使えたら便利だろうが」 「そんなものから降りてくる営業マンは普通じゃないぞ」 「いるって。この前もふらふらしてた恰幅のいい唇の厚い黒ずくめ営業マンを乗せてやったし」 「………それって人のココロの隙間を狙って営業してる彼なのでは」 「さあ、何をやってるかは知らんが、なかなかの《畏れ》の持ち主だったぜ」 「頼むからうちに連れてこないでね」 「え?」 「………『え?』って、まさか君」 「ま、ウチじゃ被害に合う奴もいねーだろ。家とか無いっていうから、メシ食わせてるだけだよ」 「え、えええええ。いつの間に?!」 「そのうち何かに使えるかもしれねーだろ」 「使えるって何、何に?!」 「世界征服の妨げになりそうな人間どもの心のスキマに何かしら売りつけてくれるかもしらんだろうが」 「それって滅茶苦茶個人攻撃だよね?!やめてよゆらちゃんに酷いことするの!」 「なんだてめー氷麗とゆらとどっちが大事なんだよ!」 「どっちがとかそういうんじゃないでしょう?!ゆらちゃんは大事な友達!」 「フ、昨日の友は明日の敵、ってな……」 「あーもう!ボクはお断りだからね!」 「他にもオレと一つになると便利だぞ。何か知らんが女にもてるし」 「氷麗以外にもてなくていい」 「どきっぱり言ったな。実はオレもだ。だが女は使えるぞ。情報収集もしてくれるし」 「くノ一と言うくらいだからね。逆にこっちの情報もあっちにバラされちゃたまんないよ」 「あとは ――― なんだ、酒が飲める」 「二日酔いになるこっちの身になってくれ。ついでに母さんに怒られるのはいっつも朝なんだからね。一つになったら、君も一緒に怒られるってことだよ」 「う。あとはなんだ、他人の家でメシも食える」 「小悪党」 「小をつけるな、小を!失礼な奴だな!てめーのこじんまりとした将来の青写真より、ずっとスケールでかくていいだろうが!」 「いい気になるなよ単細胞。どうせ母さんや氷麗に誉められて、いい気になったんだろう。あのね。やるんだったらもう少し、計画性を持とうよ。世界征服なんて悪っぽい響き、イマドキはやんないよ。やるんだったら、欧州連合に対して亜細亜連合をまず作ってだね、その亜細亜連合を率いるトップに立てばよいことでしょう。極めて民主的に選ばれた独裁者に対して、民衆は逆らい難い様子だから。だからまず目指すなら、総理大臣じゃない?子供っぽい夢だからそうそう語れないけど、実際、霞ヶ関なんて魑魅魍魎どもが跋扈してるらしいからね。あ、人間版の」 「お前、実は頭ン中、極悪だろう」 「誉め言葉として受け取っておくよ。小悪党くん」 「で、そうなるまでの計画ってのは?」 「だから、まずは勉強して、大学まで出て、公務員に」 「みみっちい」 「計画性だよ。計画性。わかったら、夜に酒飲んでばかりないで、たまには二次方程式の一つでも解いてよね」 「お化けにゃ学校も試験も何にも……」 「それって、お爺ちゃんがシマ荒らしって怒ってるアウトローの一派じゃなかった?」 「お前が了承したら、やらなくもない。てか、一人になっちまえば、それがオレの考えにもなるんだろうしな」 ――― くん…… ――― ……オくん…… 「え?誰?」 「お、そろそろ時間か」 「時間って?」 「じゃ、考えておけよ、昼のオレ」 「考えるって、だって、そんなの………」 「簡単だろ。守りたいものは同じなんだ。さっきのが、ただの悪夢だと思うかい?」 「どういう意味」 「ぬらりひょんってのは、夢と幻を司るのさ」 ――― リクオくーん……… ぱちり。誰かに呼ばれて、今度こそ現に戻り目を開けてみれば、視界一杯を覆う氷嚢である。 嗚呼、またあの娘はてんぱって、己の熱を下げようとしたのだろう。 ともかくこれでは何も見えないので、守役を呼んで取ってもらおうとしたのだが、それがまずかったらしい。 「リクオくん ――― 及川さんのこと?なんで呼び捨て?」 ぼんやりしていた意識が、冷水を浴びたように現実に引き戻された。 「カ、カナちゃん?!」 「お見舞いに来たよ奴良くん!ぃやあ、本当にボロっちい家だねぇ〜!さあさあ、GWの計画でも練ろうじゃないか?!」 「清継くん?!お見舞いに来てくれたんじゃないの?!」 「GWの清十字団活動は、捩眼山だ!別名梅楽園!さぁ楽しくなってきただろう諸君?!」 「ボクの話、聞いてる?!」 +++
さて、捩眼山で気付かされた、強い想い一つに導かれ、二つに千切れそうだった心は、再び重なった。 己もまた奴であることに、奴もまた己であることに、気づいてみれば何と滑稽な一人芝居であったことか。 「『夜のボクへ。宿題、やっておいてください』って、そろそろこの伝言メモとか不毛だよなあ。だってどっちもオレだしこれ書いたのも憶えてるし。結局後回しにしたいだけなんだよなぁ。おい氷麗、明日、昼のオレに伝えておいてくれ。宿題くらい学校でやってこいって。こんなモン、明日の朝でいいだろ」 「ふふふっ。承知いたしました、リクオさま。そういえば昼のリクオ様からも伝言を承っております。『明日は日直だから朝にやる暇は無い』と」 「そうだった。サボるかな」 「まあまあ、ただの一度もお仕事をおざなりにされたことなど、ありませんのに。そうですね、一度くらいはよろしいのではないでしょうか?それでは宿題は明日の朝になさいますか?寝酒でもいたします?」 「……いや、明日の朝、絶対後悔するからやる。数学のタカスギの奴、絶対オレにあてるんだよなぁ……」 「ならば、ファイトですリクオ様!つららはここで応援してます!がんばってください若!フレーっ、フレーっ、若ーっ!」 「……氷麗、ちょっと静かに。あ、明日ノート提出だっけ?字体、雑だな。ま、いいか、答え合ってりゃ」 「がんばれがんばれ、わーかっ。ファイトだファイトだ、わーかっ」 「……氷麗、小声にすりゃいいってモンじゃ……、ま、いいか、賑やかで」 「そうですよリクオさま。賑やかは力になりますっ。がんばりましょうねっ」 「おう。そうだな、そのうちお前にも数人、がんばってもらわなけりゃな」 「へ?」 「いや、こっちの話」 「さささ、リクオさま、私のことは気になさらず、宿題を続けてくださいませ。つららはここで応援を続けていますからねぇ〜。……あれ、若菜さま、どうされました?」 「あれ、どうした母さん」 「リクオ、カナちゃんからお電話よ〜。はい」 「『はい』って。出ろと?この姿で?まあいいか ――― おうカナちゃん、どうした。え、読モで水着?へえ、いいじゃねえか。オレも見てみてぇな、そういうカナちゃん。体冷やすなよ。じゃあな」 「リクオさまー。私も冷え性なんであたためるといいと思いますッ」 「……おめーは冷え性ってレベルじゃねーだろうが。いいんだな。煽ってると痛い目見るぞ」 「がんばれがんばれ、わーかっ。ファイトだファイトだ、わーかっ」 「聞いてねーし。くそッ ――――― (ガリガリガリガリガリッ) ―――― 終わったッ」 ガシッ、ドサッ。 「ふぇッ?!早いですねぇリクオ様、もう終わったんですか?!って、ええぇぇえぇッ?!」 「ねー、つららぁー、久しぶりに一緒に寝よ〜」 「ここここここっちの御姿でその甘え方は卑怯でございますですよリクオさまあああぁぁぁあぁッッ」 「冷え性なんだろ?オレがあっためてやるよ」 「けけけけけ結構ですううぅぅうぅッッ」 「おやぁ〜?おっかしーなぁ、雪女ってぇのは、嘘を言えねぇ妖怪なんじゃなかったかい?」 ――― オレは。ボクは。妖という、人という、魑魅魍魎の主になる ――― <了>
...春よ、来い... やがて時が経ち、年老いても尚、君と二人肩を寄せることができたなら。春など来ずとも、その六花のぬくもりだけで。 |