ねえねえ雪女、《その》雪女は、どこに行っちゃったの、もう戻ってこなかったの?
 はい、吹雪の中へ消えたきり、もう男のもとへは、戻ってこなかったのですよ。
 雪女、ボクの雪女は消えたりしない?
 はい、若。消えるものですか。ずうっと、ずうっと、おまもりいたします。




 しと、しと、しと、雨が降る。

 ぴちょん ――― ぴちょん ――― ぴちょん ――― 、雫が石を穿つ。

 さわさわと、氷の手が、優しく髪を、頬を、撫でてくる。

 雨の続く梅雨の時期、これが大変に心地よく、寝入った振りであると知られては、子供じみていると後で笑われるのは目に見ているのに、雪女の膝を我が物にしておくためにはやめられない。

 つい昨年までは、暑い日に膝に甘えるのを、優しくあやしてくれていた女なのに、今年も梅雨の季節を迎えて同じように守役の膝を求めたところ、夜の姿であろうと昼の姿であろうと、「それでは氷を用意いたしましょう」と、とみにつれなくなった。その理由を訊けば、やんわりと微笑みながら、「秋には元服される主を前にして、昔していたように膝をお貸しするなど、傍から見れば、女として取り入るようで、とても見難いことでしょうから」と、しかしきっぱりと言い渡される。

 言外に、いい加減やや子のように甘えるのはおよしなさい、と叱られたようで、いや実際にそう叱られたのだろうが、子供じみているとどこかで思いつつ、己の臍は勝手にまがった。有態に言えば、拗ねた。それはそうだ、幼い頃からこうも一途に、お前がいいのだと口説いているのに、この女ときたら、ちっとも靡くそぶりがないのだから。
 たしかに、何度も何度も告げるような、みっともない真似などできないから、幼い頃に一度約束を交わし、長くこれを秘して、元服を控えた今年になってようやく、それを忘れていないのだぞと、しらしめる意味で、何度かほのめかしたに過ぎないから、はっきりと、ではない。ないが、しかし、対して全く脈なしの様子とは、己も潔よい振られ方をしたものではないか、などと、梅雨も手伝って滅入ってくる。

 かと言って、見向きもしなくなるかと言えばそうではなく、男君が一人手酌で破れたと思われた恋を月に無言で語っていると、眠れぬらしいと誰よりも早く気づいて、香の物やおこしなど、酒で舌が馬鹿になった頃を絶妙に見計らい、そっとこれらを載せた漆盆を差し出し膝をついて、無言で銚子を持ち、盃に浅く注いでくる。
 ちらと顔を見ると、冴え冴えとした月の光を浴びた新雪のように、煌き艶めく美しさをたたえて、微笑む。言葉はなく、そして要らない。なくとも、傍にあれば、女が思いやってくれているのがよくわかった。

 そんな夜が少し続いて、にこにこと己の傍に侍り続ける女を見ていると、これが何の懊悩も持っていないかのようで、癪に障る。朝になれば朝になったで、お前は本当に妖怪か、妖怪なのかと改めて問いたくなるほどの寝覚めよさで起こしにくるので、これもますます癪に障る。
 この顔を見たくなくて、眠れぬ夜に酒を求めて化猫横丁へ行くと、三代目、若頭、と持て囃され、酒にも女の替え玉にも困らないが、今の己を相手にしている女どもが、昼の己を見たなら、ねんごろな男どもとの下卑た酒の肴にするのだろうななどと、少しでも考えついてしまえば、興が冷めた。
 この顔を見たくなくて、朝早く女に起こされる前に、てきぱきと寝床を片付け身支度をし、そそくさと学び舎へ出かけて行くと、今度は昼の姿の己相手に、良い奴良い奴と軽口を叩く者もあれば、先日ちょっと優しい顔を見せた通りすがりの女生徒等に、初々しい熱がこもった視線をすれ違いざまに投げかけられることもあり、しかしその女たちが夜の己を見たなら、途端に畏れるか近づかなくなるか、あるいは妖気に当てられた虜としてしまうのだろうなと、諦めてしまうと、夕方の帰りには、朝にあれほど見たくなかったはずの女の顔が、恋しくて恋しくてたまらなくなっていた。

「オレは思春期というやつなのかな」

 この梅雨時期に、わざわざ妖気を抑えて昼の姿のままでいるのは窮屈で億劫なので、今日は陽が暮れるやすぐに夜の姿に変じ、爺も交えて家族だけの夕餉をとっている最中、醤油を取ってもらうついでに母に訊くと、爺が吸い物を吹いた横で、あの母は顔色一つ変えず、

「そりゃあ、そういうお年頃だもの。悩みの一つや二つくらい、出てくるわ。何年かしたら、いくらでも笑い話になるんだから、たくさん悩んでおきなさいな」

 と、全てを知っているようにも、もしくは浮世に通ずるところを論じたようにも受け取れる様子で、げほげほとやっている爺の背をさすりながら、にこにこと答えた。
 その母の顔色も、雪女と同じで、夜と昼とで己が姿を変えようとも、向けてくるものは何一つ、全く変わらない。きっと、明日の朝に同じ話題を持ち出せば、少しばかり言い回しが違っていたとて、「あらあら、昨晩も同じことを言ってたけど、そんなに悩んでいることがあるの?」と、心配そうな顔をすることだろう。
 母は、夜だろうと昼だろうと、等しく己を見る。昼の姿で台所の手伝いをしているときに、「夜のお酒もほどほどになさいね」と叱り、夜の姿で濡れ縁にねそべり、煙管をぷかりとやろうかと懐に手をのばしたときに、「そうそう、この前の学校の三者面談のとき、お母さん、誉められちゃった。学校の先生たちの手伝い、よくしてるんですってね。偉いわね、リクオ」と誉めてくる。「ああ、うん、ごめんなさい。気をつけるよ」「そうかい、そりゃよかった」と、それぞれに応じる息子の返事にこもる温度の差も、まるで気にする様子はない。そういうものだと思っているらしい。

 できた母だと常々思ってはいたが、肝心のところなど何も話していないはずなのに、もしや千里眼の通力を持っていたかと、そらおそろしく感じたのは、夕餉の後、部屋で一人酒をしているところへ、いつもより早く上がってきた雪女が、「若菜さまが、今日はもう台所のお仕事は無いと仰るので、私もご一緒しようかと思いまして。よろしいですか?」と、まるで雪童のように、可愛らしい舌をぺろりと出す仕草をして、申し出てきたときだった。

 とりとめもない話をしながら、酌をされるまま盃を干しているうち、少し良い気分になった。酔ったらしい、と耳のあたりをがりがりと掻きながらおもむろに言うと、守役の顔で、「では少し早いですが、お休みになりますか」と床の用意に立とうとするので、これも勿体無くて、何か引き止める理由はないかと探し、耳が痒い、と言ってみた。
 これが案外功を奏して、なんと久方ぶりに女の膝に頭を置く僥倖にめぐり合わせた。

 結果、今に至る。

 しとしとしと、雨が降る。

 ぴちょん ――― ぴちょん ――― ぴちょん ――― 、雫が石を穿つ。

 雨音を聞きながらの耳掃除の間、たしかに、最初は酒も手伝って、とろとろとしていたのだが、妖気が苦しいほどに己に纏わりついている夜の間は、酒気などすぐに飛んでしまう。だから、女がただ髪を撫でてくるだけになった頃には、とっくに眠気は醒めていた。
 それでも、己はまだ酔っているのではないか、とも思う。こんなに気分が良いのだから。
 もう少し、もう少し、と、眠った振りを続けていたが、やがて、そっと肩を優しく、僅かに重みを課すように触れられて、

「 ――― 若、リクオ様、お休みになるなら、床を用意いたしますので」

 染み入るように優しく、ささやいてくる。
 うん、と、是非のどちらともつかぬ返事をして、その後に、こうじめじめとした梅雨に、身ばかりでなく心までつきあってやる必要も無しと判じ、感じたところを思うままに口にした。

「お前、オレの頭なんて、撫でて楽しいかい」
「それは、大切にお育てした、いとしいいとしい子ですもの」
「……そろそろ、その、いとし子ってのは、遠慮させちゃくれないか」
「そうですね、こんなに大きくおなりですから、そろそろ煩わしく感じられる頃と、わかってはいるのございますよ。でも、ご立派になられればなられるほど、あの小さくいとけなく、お可愛らしい、悪戯者の若が、なつかしく思い出されてしまうのです。戯言と思って、許してくださいませ」
「そうじゃなくてよ。いとし子、じゃなくて、いとしいひと、とかにしてくんねえかって」
「こんな年増女を、からかうものじゃありません」
「からかってなんざ、いねーよ。本気だ」
「また、小物たちと妙な賭け事でもされてるのでしょう。私が本気にするかしないか、などと」

 そんな風に、人の心を弄ぶような悪戯を、己がいつしかけたか、と問いかけて、幼い頃は、腹痛のふりや泣きまねをして雪女の心配を誘っていたと思い出し、嗚呼と呻いた。この優しい女は、そのいとけない幼子が熱を出すたびに袖を濡らして熱を払ってくれていたというのに、幼い己はこの思いやりを弄ぶような悪戯を、たしかにしていた。
 唸るような声をあげた末に、ありきたりな答えしか出てこない。
 出てこないが、逃がさぬために膝を枕にしたまま、髪を撫で梳いてくる雪女の手を握って、視線を合わせた。

「そんな悪戯、お前にしかけるような年でもねーよ」

 年増女、などと自分を蔑んで見せた女だが、見目と来たら妙齢のそれだ。
 もっとも、己が幼い頃から、己を取り巻く妖怪たちは全く見目が変わらないのだから、彼奴等が見目で判断できる年でないことも、知っている。また、妖怪たちに囲まれて暮らしているせいで、年で己の相手に釣り合う釣り合わないを判断する天秤など、作り損ねてしまっていた。
 なので、ただ、はっと己を見つめてくる金色の瞳や、みどりの黒髪が、雪の装束の肩を撫でて滑り落ちる様が、なんと美しい女なのだろう、という感慨を改めて持つにとどまる。

 月のような金の瞳が、秋の稲穂のように揺れて。

「もし、いたずらや冗談ではないと言い張るのでしたら」

 氷で彫り上げた菩薩か観音のように、整ったおもてが、口付けをねだるように近づいた。
 吸い寄せられるまま、口吸いをしてやろうかと、僅かにそちらへ身を乗り出すと、

「……をい」
「いいえ、冗談や嘘の類だったとしても、雪女にそんな契りをねだるなんて、冗談ではすまされなくなります。本気だと言い張るのなら尚のこと、暑気にやられて今限りの熱情を見誤ると、取り返しのつかないことになりますよ」

 むぎゅりと鼻をつままれて、それこそ幼子にするような、目元への口付けが落とされた。
 ぽっと咲いた、思いがけない目元の熱に、目をしばたたいていると、これまたころころと笑われて、ぺしりと額を叩かれ、荷物のように膝からごろり、放り出された。
 てんで、子ども扱いだ。
 このまま引き倒されて乱暴されるのでは、などと、気色ばんでもらった方が、よほど色気も可愛げもあるだろうに、この雪女ときたら、こういうところはさすが、女だてらに妖怪任侠一家本家の若頭守役をやっているだけのことはあるというか、なんというか。
 ともかく、ここに来ても、ひたすらつれない。

「お布団敷きますから、待っててくださいねー、若」

 良い雰囲気など無かったことのように、あの女にとっては本当に無かったのかもしれないが、変に明るい声をあげ、鼻歌を歌いながら次の間で、ごそごそと床の支度がされている間中、放り出されたままの格好で、しとしと、しとしと、降り続く雨の景色を眺めやる。
 軒先から、ぽたり、ぽたり、落ち続ける雫が鬱陶しい。
 先ほどまでは、あれほど風情があると感じたのに、一人畳に転がって眺める雨など、無粋の極み。

 三代目だ、若頭だとちやほやされていたところで、こうなっては惨めなものだ。
 とりとめもないことを考えているうちに、支度を終えた、仕事の早い守役が呼びに来る。

「あらまァ、まだ転がっていらしたんですか、やっぱり酔っておいでですね?ほら、お布団の用意ができましたから、そこで存分に転がってくださいねー」
「酔いなんざ、とっくに醒めてるよ。もう、ほっといてくれ、ボクのことなんて」
「やだ、拗ねちゃって、かーわいー。本当に子供のようじゃないですか。ふふふっ」

 姿形に合う合わないなど知らないが、オレというよりボクとしか言いたくない、ついでにごろりと転がったまま膝も抱えていたい、そんな惨めな気分なのでそうしたら、これも余興だと思われたらしく、笑い続けている。果ては、寝入り端にぐずる子供にするように、転がっている己の背中のあたりに座り、ぽん、ぽん、と肩をなだめてきて、小さく子守唄などを、口ずさみ始めた。


 ねんねんころりん ころりんや
 ねんねの守は どこへ行った
 あの山こえて 里へ行った
 里のみやげに なにもろた
 でんでん太鼓に 笙の笛
 ねんねんころりん ころりんよ

 ねんねんころりん ころりんよ
 ねんねの守は どこへ行った
 あの山里へ ごままきに
 なんじょうなんごう まいてきた……


「 ――― お前の歌、」
「ふふふ、懐かしいですねー。歌っていると、お小さかった若は、よく眠ってくださいました」
「お袋の歌と、少し違ったよな」
「そうですか?あー……私のは、母が歌ってたものですから。子守唄は、その土地ごとに色々あるらしいですよ」
「ふーん……」

 考えてみれば、この女のことなど、当たり前のように傍にあるものとしか思っておらず、他は何も知らない。雪女という妖のことだって、数えるほども知らない。

「なあ雪女、情の深さがお前たちの《畏れ》だってのは、わかっちゃいるんだが、それってつまり、どういうものだ。取り返しのつかないことって、何だ」
「なんです、突然。リクオ様、もう雪女の昔話など、むかし、寝物語に飽きるほど聞いていらっしゃるでしょうに、まだお聞きになりたいんですか?今日はまた、ずいぶんとお可愛らしくていらっしゃいますねぇ。なんだか嬉しくなっちゃいます。
 ……むかしむかし、あるところに、老いた樵と、若い樵がいて、今年最後の仕事だろうと思って山に入ってみると、すぐに雪が降ってきて、帰ろうとする頃にはすっかり道が閉ざされてしまったので、仕方なく二人は、山小屋で暖をとって夜をあかし、翌朝に山を降りようとしました。
 しかし、その夜、若い樵が、やけに寒いと思って目を覚ますと、なんと、隣で老いた樵が、真白に凍りついているではありませんか」
「で、よく見ると山小屋でおこしていた火は消えていて、じじいの傍に、雪女がいたんだよな。雪女はじじいを殺して、若いのを助けたんだろ。若いほうのに、自分に会ったことは誰にも言うなとかたく禁じて、消えるんだ」
「そうそう、よく憶えていらっしゃいましたね。樵は言いつけを守って、誰にも雪女のことを言わずに暮らしていました。やがて、美しい女と出会い、これを妻にして、多くの子宝にも恵まれました ――― これも、憶えてらっしゃいます?」
「ああ」
「じゃあ、ご存知じゃないですか、私たちの《畏れ》は、そういうものなんです」

 幼い頃によく聞いた、寝物語。
 その先の話も、よく憶えているのだが、雪女は今はこれを続けず、幼い頃には話さなかった、注釈のようなものを講釈師よろしく得意ぶって付け加えた。

「……………………今の話の、どこに何があったって?」
「あ、馬鹿にしましたね?そういう悪い子は、遠野妖怪が包丁持って浚いに来ますよ?」
「違うって。今のどこに《畏れ》があったか、それじゃさっぱりわかんねーだろ」
「あら、そうですか?私こそ、リクオ様がどうしてわからないでいらっしゃるのか、わかりませんけど。あ、樵の妻になった女が、実は雪女だったっていうオチは、忘れてらっしゃいました?あ、憶えていらっしゃる?ではどうしてそんなに、怪訝なお顔を?
 ……ああ、このあたりはそれほど寒くなることも、最近では山を脅威に感じることもございませんものねぇ。
 では、こう言い替えてはいかがでしょうか。
 今は昔、闇が深く濃密で、たしかに今より重かった頃。里から遠く離れた山奥の家で、妖どもから何一つ身を守る術を持たなかった樵が、子が何人も生まれていながらこれを一人も欠かすことなく、樵の生業を続ける自身についても、病にも負けず、大きな怪我も負わずに、家族皆が、幸せに暮らしていたのだ、と」
「守護か」
「よくできました。はい、雪女は、ただ氷の息吹を使うだけの、弱い女怪だと思われがちですが、契りを結んだ相手を、何があってもお守りすることに関しては、折り紙つきなのです。
 契りを、盃を交わしたお相手を、何があろうと、どんな敵があったとしても、未来永劫、お守りいたします」


 ねえねえ雪女、《その》雪女は、どこに行っちゃったの、もう戻ってこなかったの?
 はい、吹雪の中へ消えたきり、もう男のもとへは、戻ってこなかったのですよ。
 雪女、ボクの雪女は消えたりしない?
 はい、若。消えるものですか。ずうっと、ずうっと、おまもりいたします。


 幼子にとっては、一つ一つ軽い約束だったとしても、雪女にとっては、それぞれがかたい契りに違いなく、この守役は、それを感じさせず、あくまでふわふわとした淡雪のような親しみやすさで、しかし交わした約束を違えずここまでついてきた。
 不思議なもので、この女が守ろう守ろうとしてくれるほど、逆にこの女を守らなければという想いは強くなり、昼の姿で夜の己も認めた場にもまた、この女の危機があった。契りをかわした相手を奮い立たせるのもまた、雪女の《畏れ》であるのだろうか。
 未来永劫、と、この女が言うからには、それはなんの捻りもなく、そのままの未来永劫、なのだろう。

 子守には最適じゃろう。

 ほんの少しだけ優越感を覚えかけたが、あのときの、爺の一言が抜けぬ氷の棘のように、チクリ、胸の奥のあたりを刺したままで抜けきらない。
 そう、女は何があろうと守っていた。
 契りある総大将に守れと言われた縁でもって、幼子に接し始めた頃はまだしも、言葉を操り始めた幼子が、心細さと浅慮でもって強いる約束を、次から次と頷き交わして、きっと今のこの女ときたら、見えぬ契りの鎖でがんじがらめに違いない。


 雪女、ボクの雪女は消えたりしない?
 はい、若。消えるものですか。ずうっと、ずうっと、おまもりいたします。
 何があろうと、どんな敵があったとしても、未来永劫。


 何があっても。幼子が、他の娘を愛するときがこようとも、その娘、もろともに。
 この契りは、一方的なもの。雪女自身の、誓いのようなもの。
 己の方には、何の代価も求めていない。

 無償の愛。そんな契りなど、こちらはもう、切り崩せぬ砦のようにしか感じていないというのに。
 たしかに、とてつもなく畏ろしいものに違いなかった。









...は る お も う こ ろ...
遠く遠くけぶるところを見やり春を思う頃とはいみじくも言ったもの。それはすなわち、凍えそうに寒い冬の中にあるということだ。なあだから、あたためては、くれないか。