しと、しと、しと、雨が降る。

 ぴちょん ――― ぴちょん ――― ぴちょん ――― 、雫が石を穿つ。


「 ――― こら、雪女。たかが昔話だろうが。そんなに泣くな。まるでオレが無体をしたようだろうが」
「だってぇ……若っ、若がっ……っく……そんな哀しい話に……するからっ……う、ぅえぇーー」
「わかった、悪かった、完全にオレしか悪くなかったな、酷いヤツだなー、嫌なヤツだなー、オレ。ああそうだ、後で昼のオレにこらしめてもらおう、そうだそうしよう。あー、土下座確実だなオレ。だから頼む、泣き止め。誰か来たらそれこそ気まずい。まだ何もしてないってのに」

 べそべそと子供のように泣き続けていた雪女は、男君が抱き寄せてこられるままにこの胸元へ頬を寄せ、ぽんぽんと背中を叩かれて、少しずつ落ち着いて、ほろほろと零れる涙を袖で拭った。
 もしや我が身には、あの昔話の最後に吹雪となってかき消えた悲恋の雪女の欠片が、紛れ込んでいたのではないかと思われるほど、胸を貫かれるような切なさが溢れていたというのに、男君があれこれと言葉遊びも交えて慰めを口にされ、しまいに「オレはここにいるだろう。だいたい、お前に口吸いなど、ただの一度も許してもらったことなどないぞ」と不貞腐れたように仰るのを聞くと、安心して、そしておかしくなって、まだ涙をにじませたまま、くすくすと笑ってしまった。

「おーおー、さっき泣いた烏がもう笑ってらぁ」
「すみません若、もう大丈夫です」
「そんなに真っ赤な目で大丈夫とか言われたって、誰が信じるかよ。もう少しこうしてな。……いや、そろそろ夜も更けてきたし、もうむしろ、共寝でもするか」
「なっ……そんな、駄目ですよ。三代目候補の大事な御身なのですから、もっと自分を大事にしてくださいませ。形だけとは言え、そんな軽はずみなことを」
「言うとおり、形だけ、つまり寝るだけだ。いいだろう、別に。そんな腫れぼったい目ぇしたお前を、部屋に一人で帰す方がよほど妙な噂がたつぜ」
「ぁう」
「朝になったところで、『久しぶりに雪女と一緒に寝たら、ぐっすりだったなー』ぐらい言っておけば、本家の奴等、誰も疑わねえって」
「一ツ目入道などが噂を聞けば、『まだ子守が取れんのか』と、また謗られましょう」
「言いたい奴には、言わせておくさ。昼に会ったときにでも、『だって人間の成人までは、まだ8年もあるんだよ』とでも、拗ねて見せるか?」
「また、ぬらりくらりと」
「 ――― ああ、雪女、やっぱりお前は」
「はい?」
「お前は、笑ってくれている方がいいよ、氷麗」

 男君がうっとりするようなお顔で微笑まれるから、すっかり言い返す言葉を無くしてしまい、はしたない気もしたが、嘘をつかれる御方ではないので、信じて、雪女は男君と寝床を共にする。
 実を言うと、むかし、主が寝つくまで傍に守役が布団の傍で寝そべり侍っていたことはよくあったにしても、二人で寝巻きに着替えて同じ褥で共寝するのは初めてのことなので、いざ床につこうとすると何だか緊張したのだが、男君がさっさと布団に潜り込んで「何をしてる、早くこい」と欠伸をしながら招かれると、自分だけが男君を一人の殿方と意識しているようで恥ずかしくなって、いそいそとその腕の中に入り込んだ。

 そこで雪女がほうと小さく息をつくと、これを招いた腕もまた、少しずつ力を緩めたので、男君も自分と同じく、気を張っておられたのだと思うと少し安心した。
 しとしと、降り続く雨音を耳にしながらじっとしていると、めそめそと泣いて気が高ぶったためだろう、一度安心するとすぐに雪女も瞼が重くなる。同じように男君の体も弛緩して、息が寝息に近くなっていらっしゃるのをすぐ耳元で聞くと、どうにもいとしくてならない。

 夢の手枕ではない、たしかな男君の腕枕で、ほらもう夢に落ちる ――― というとき、雪女の中の、《あの》雪女が、ふと思い立ったか、ささやかな六花に乗せて、誰にともなく問いかけた。

「ねえ、もし私が吹雪にさらわれて居なくなってしまったら、どうします?」

 男君の答えはないままで、もう寝入ってしまわれたのだろうと、雪女も待たずに意識を手放そうとしたのだが、意識が夢にさらわれてしまう直前に。

「 ――― 考えたくもないな。それこそ、死んでも仏にならず、修羅や羅刹にでもなっちまいそうだ。昔話の男と女は、そういう別れをしちまったってことだろう」

 寝ぼけたような、夜でもあり昼でもあるようなお声で、男君がお答えになった。

「昔話の二人は、そういう別れをすることになったんだろうが、まあ、オレは、夜は修羅に、ボクは、昼は羅刹に姿を変えようとも、探し続けるのだと思うよ。
 氷塊に身を還すことがあったとしても、季節が巡ればまた降り積もる雪のようにとお前が言ったから、ならば何度季節が巡ろうと、オレはもう一度お前を見つけるまで、氷麗、いつまでも、お前を探すのだと思うよ。お前がいとし子と呼ぶオレは、もうそこには居ないのかもしれないがなぁ、それでも、せめて一目と、想い続けるよ」


<思春期/戸惑い/修羅・連作了>











...そ し て 春 と 修 羅...
祢々切丸のみを供にして、立ち塞がるをことごとく、切り刻み。昼となく、夜となく、さまよいながらお前を探す。おれは一人の修羅になろう。