百鬼夜行の終焉を、知っているかい。 これは暗く、恐ろしく、救いのない物語。 やめておいたほうがいい。やめておいたほうがいい。 知らずともよい、語らずともよいことだ。 けれど、誰かが知らねばならないことだ。 けれど、誰かが語らなければならないことだ。 だがそれは、お主でなくともよいのだよ。 これは暗く、恐ろしく、救いのない物語。 聞けば苦しくなる。陰の気持ちに鬱々とする。 真の闇に、足を取られてまろぶかもしれぬ。 そのまま、起き上がれなくなるやもしれぬ。 それでも、聞くかい。 ――― 本当に、知る必要が、あるのかい。 ――― そうか、ならば、語ろう。 百鬼夜行の終焉を、知っているかい。 百鬼が何故、主を重んじるのか、知っているかい。 人の道を踏み外した外道が、どうして主を求めるのか。 人に捨てられた九十九神が、どうして手足を生やし目を開けて、主を求めるのか。 人に追い立てられた獣が、牙を鋭くしながらも、どうして主を求めるのか。 皆、道に迷ったからさ。 皆、道を知らないからさ。 皆、誰かに導いてほしいからさ。 どこへって ――― 黄泉路へさ。 百鬼夜行の終焉を、知っているかい。 百鬼の主がどうして強くなければならないか、知っているかい。 たどり着いた黄泉への扉、その向こうへ、率いた百鬼を放り込むのが、主の役目だからさ。 妖怪にだって寿命がある。 人の道を捨てたとしても、語らぬただの道具であるのをやめたとしても、ただ追われるか飼われるかするだけの獣をやめたとしても、それでもやっぱり寿命がある。 見た目はそれほど変わらないのだがね。壊れるのだよ。心が。 そう、妖怪にだって、心がある。 風情を感じる心がある。痛みを感じる心がある。陰影に侘び寂びを感じる心がある。 巡る季節を数える心がある。 袖触れ合った人々の変わり行く様に、寂しさを感じる心がある。 心を交わした人々の、死を悼む、心がある。 百鬼夜行の終焉を、知っているかい。 百鬼の主がどうして強くなければならないか、知っているかい。 道に迷った百鬼を率いた主は、一番最後まで心を強く持たなくてはならない。 己を失ってはならないからさ。 道を見失った百鬼を黄泉路へ導けるのは、主だけなのだから。 だから主を見送る者は、百鬼夜行にはいないのだ。 主は最後に、残らなければならないのだ。 百鬼夜行の終焉を、知っているかい。 百鬼夜行は、ある日、唐突に終焉を迎えるのだよ。 これは人の世も、同じかもしれないが。 終わりというのは、ある日唐突に、始まるものだろう? そう、この百鬼夜行もそうだった。 主はいつものように、百鬼を率いて愉快に酒盛りをしていたのだ。 彼奴等ときたら、本当に気のいい奴等で、陽気で、人の世がうつろい、何度となく此の世が人どもの争いで焦土と化しても、しぶとく生き残って、また騒ぐ者どもだった。彼奴等のおかげで、主もずいぶん救われた。 だって、主は人の血も引いていたからね、人の知り合いも多くいて、自分よりも先に天寿を全うし、死んでいく人どもの、ずいぶんな数を見送って、その度に気落ちしていたのだから。 そう、主は気落ちするのだよ。 言っただろう、妖怪にだって、心があると。 慰められれば嬉しいし、傷つけられれば痛いんだ。 さっきも言ったが主は人の血も引いていたから、そういうところがずいぶん人に近かった。 けれどね、人どもが、何度となく馬鹿で限度を知らぬ争いをして、同士討ちの果てに、主たちが昔住んでいた屋敷も、人どもの争いに巻き込まれて焦土になって、何度屋敷を建て直しても、千年としないうちに同じような争いが起こるものだから、馬鹿馬鹿しくなってしまうし、小競り合い程度ならまだしも、大きな争いが起こるたびに人間どもときたら、それまで築き上げた文明とかいうやつを自ら叩き壊して、せっかく手に入れた闇を昼のように照らす術も失ってしまうし、そうなると屋敷を建て直そうとしても、昔のような立派なのはこさえることもできないと言うので、だったら、他の妖怪たちがするように、練り歩いた先の仮宿暮らしでもいいだろう、と思うようになった。 思えばこれも、終わりの始まりだったのかもしれないね。 だって、昔の主なら、もっとその場所を、大事になさっていたはずだもの。 まあ、それでも主がいれば、百鬼はそれでよかった。 屋敷がなくても主がいる。それこそが百鬼たちの拠り所なんだ。 妖怪たちが忘れられていた世に、季節がずいぶんと巡り、またも人は闇を恐れるようになって、昔の文明を忘れ、神仏に頼るしかなくなってしまった。そんなに時が経っても、やっぱり百鬼の拠り所は主なんだ。 とある丘の上、冬枯れた大木の根元に座して、その主を囲んで百鬼たちが歌い騒ぐのを、主はいつものように、雪女に酌をさせて、楽しんでおられた。 人は丘には近づかなくなったんだよ。 大昔はこのあたりにも街があったのだけれど、人はそれすら忘れて、夜も更ければ真の闇になる山になんて、迂闊には近づかなくなった。闇を照らす術と言えば、昔ながらの火しかなく、山狩りでもなければ、松明をたくさん持って入るなんてことは考えられなかった。 これがきっとまた、人どもが増えすぎると、我が物顔で森を侵し水を汚し、夜でも昼のように街を照らしたのだろう。 現に、主とその百鬼たち、何度も人と縁を結んでは、これを見送り、また妖怪たちが人に忘れ去られ、そして人どもが争いを始めて己等自身で己等の文明を壊すところを、もう何度も見てきていたんだよ。だから今の世がこんなに暗いことも、それほど主は気にしちゃいかなかった。きっとまた、人どもは増えるんだろう、とぐらいにしか、思っちゃいなかった。 ところがね、見つけてしまった。 主が元服する前、だからもう何千年前か、何万年前か知らないけれど、その頃にようやく妖の血を滾らせ人から妖へ化生するのを覚えてね、夜遊びの供に連れ歩いていた大蛇。 これが、宴の輪からちょっと離れたところで、しきりに何かを、くっちゃくっちゃとやっている。 よく見れば、口からちろりと、白く細いものが覗いている。 主、ぴくりと目じりを上げて、「おい」と、大蛇を呼んだ。 大蛇は何の警戒もせず、主に呼ばれたと思って嬉しそうに寄ってくる。 口にその白く細いものをくわえたまま。 「お前、何を食ってやがる」 「へえ、ついさっきそこで、うろうろしてた、人間の婆でさあ」 「 ――― そんなに、腹をすかしてたかい」 「へへへ、今日はたくさん飛びましたからね、待ちきれなくって」 「お前、いつから人を喰うようになった」 「いつからって、もう、ずいぶんと前ですからねえ。一度、血を舐めてみてから、やみつきになっちまった」 満月の丘に、しろがねの一閃。 大蛇の首ははねられて、主によく懐いていた大蛇は、嬉しそうな表情をはりつかせたまま、首をごとりと落とされた。 ふしゅうと切り口から塵が噴き出して、やがて大蛇は塵と消えた。 一瞬、辺りはしん、としたが。 「なんだ、どうした」 「大蛇が人間を食ってたって」 「ん?それがどうかしたか」 「忘れたか、総大将は、元は人間だぞ」 「ああ、そういえば」 「大蛇、運の悪い奴よ」 宴は、滞りなく続けられた。 最初から、大蛇など居なかったかのように、陽気に、どこか虚ろに。 そのときだ。主が、そうか、ここまでかと思われたのは。 誰一人として気づかぬ、終焉の始まりだった。 主が座りなおすと、侍る雪女が、心得たものでまた、そっと盃に酒を満たす。 瑪瑙の輝きが宿る瞳を主に向けられると、淡雪のように優しく笑んだ。 それだけで、主の心は慰められた。 かりそめであっても、慰められた。 なのに、どうしてか、唐突に胸が痛くなって、これを抱き寄せて誤魔化した。 |