自分だけが駕籠を使うなど、と、最初は唇を尖らせていた苔姫だが、駕籠のすぐ脇をリクオが並んで歩くので、傍らを過ぎ行く景色などを見ながらとりとめもない事を話すに連れて、次第に気分をよくしていった。
 屋敷を出立したばかりの頃こそ、この童子が自分たちの足についてこられるかと気を使って、ゆっくりと歩んでいた人足も、街を出て田畑の畦道に足を運んだ頃にはもう、えっほ、えっほ、と、いつもの掛け声をあげながら、目的の社を目指している。
 リクオはこれに、息も乱さず、遅れることもなくぴったりとついてくる上に、苔姫の話し相手にもなっていたものだから、今戸神社の足元へついたときなど、人足の一人が感心して、「坊主、お前、すげぇなあ」と、真心込めた賞賛を浴びせた。リクオよりも、むしろ駕籠に乗っていた苔姫の方が得意そうに胸を張ったのが笑いを誘う。
 人足たちは、「そこの茶屋にいるから、用向きが済んだら、また声をかけてくんな」と、親切に送り出してくれた。

「リクオは、休まなくともよいのか?」
「お気遣い、ありがとうございます。苔姫さまこそ、籠に揺られてお疲れでしょう。お参りが済んだら、どこか良い景色の茶屋など探して、そこでお団子でも食べましょうか」
「うむ、そうしよう」

 着物の裾をつと持って、一歩、一歩と石段を上がる苔姫を、リクオはそっと手を差し出して支えになってやる。奴良屋敷に棲む妖怪たちには考えられないこの行き届いた気の配りようと、人にあらざるを思わせる異相とは言え高貴な顔立ちに、苔姫はぽっと愛らしく頬を染めながら、そっと手を重ねた。

 実は苔姫は、父のように慕う一ツ目入道に、大きくなったら、リクオと祝言を上げたいなどと、顔を真っ赤にして訴えている。確かに悪くは無いが、この桜が咲く前の、梅の香りやようやく立ち上り始めた頃、ふらりと訪れたばかりのリクオなので、入道はうーむと一つ唸ったきりで是とも非とも返事をしない。もう少し見極めようという腹なのだろうが、返事がどうあれ苔姫は、もう幾年かしたら、自分をリクオにもらってもらおうと考えている。
 とは言え、当のリクオに、好いひとがいるのかどうかはまだ、訊いたことがなく、どうやって訊き出したものかと思っていたところへ、昨日、珱姫が気を利かせてくれたのだった。

「こちらの祭神さまは、どういう御方なのでしょう」
「伊弉諾尊、伊弉冉尊が奉られておられる。夫婦の神じゃから、珱姫さまと総大将が、末永く、しあわせに暮らせるようにとお願い奉るのじゃ。大事な御用であろう?」
「確かに、それは大事な用向きですね。苔姫さまの無垢なお人柄があったなら、祭神さまも願いを聞き届けてくださいましょう」

 社の前に二人並んで手を合わせた後、ひとしきり、境内の静かな空気、春の風に乗ってはらはらと花びらが舞ってくる様、玉砂利を踏む趣深さを味わった後、苔姫はリクオを連れまわし、御籤を引いたり、絵馬を書くとはりきったりして、最後に己を奮い立たせ、冗談に紛らわせるようにして、ついに口にした。

「リクオは、どうじゃ、夫婦になろうと思う好い相手などは、おるのか?」

 口にして、振り返ってから、訊かねばよかったと、苔姫はすぐさま後悔した。
 穏やかな陽の光のようににこやかなリクオであったのに、童子の姿をしてきゃっきゃと小物たちと遊んでいるリクオであったのに、この問いに、いかな相手を想ったものか。

 遠く空を見やり、すうと目を細めて ―――

「 ――― あれこそがと思う相手が、たしかにいたような気がするんですがね。考えてばかりいると、なぜそれが今、傍らに無いのかと、気が狂いそうになって仕方ねぇ。あれがオレの傍から去ったのか、オレがあれの傍から離れた場所に来ちまっているのか、それもわからねえから、なんともしようがない。だいたい、本当にそんな相手がいたのかも憶えちゃいないのに、気持ちばかりは焦がれて狂っていく。どうして傍にいない、どこにいやがる、何故離れた、とまあ、恨みも積もるって話でして。
 こんなしあわせな場所にいるってのに、総大将が強くおわして、珱姫さまが笑っておわして、苔姫さまも和子さまも、愛らしくおわして本当にめでてえってのに。何の憂いもなく、たしかにしあわせなはずなのに、どうしてか、この場所にいない、憶えてもいない、いるかどうかもわからない、なのにそちらに向かって狂っていく、そんな相手なんですよ。
 これって好い女って言うんですかね。何かの病か、呪いか、そういう類なのかもしれません。
 だからね、あまり、考えないように、しているんです」

 苔姫にも、それがどういう想いなのかなど、答えようが無い。
 もう少しこうした気持ちを抱いた記憶のある者なら、例えば総大将であったなら、それは間違いなく惚れた女に違いないと頷くのだろうが、苔姫の抱いた想いなど、美しくも淡く儚いばかりのものなので、焦がれる想いというのがどれだけの影を生むのかなど、想像もつかない。
 とにかく、リクオにはそういう相手がいるらしい、しかし、どうやらこれは訊いてはいけないことだったらしいと、しゅんと項垂れてしまった。

「ああ、すみません、怖がらせてしまいましたか。いけないな、本当にあれのことを考えると、調子が狂うんです。
 さあ、気を取り直して、お茶にでも参りましょう。帰りがけ、入道様にお土産を買っていかれてはいかがですか。ご縁結びの社となれば、苔姫様にもきっとご利益が ――― 」
「言っておくがリクオ、一ツ目入道さまと妾は、好いた惚れたの何とやら、ではないぞ。妾は入道さまを父のように慕っておる。お優しいし、力持ちだし、とてもよくしてくださるからじゃ。
 妾は珱姫さまについて江戸へ来る前、ほとんど笑ったことがなかった。泣けば涙は真珠になり、これを売れば御家が裕福になる。だから泣けと打たれたことはあれど、笑っておれ、笑顔の方がずっと良い、流した涙をほれ、笑うための飴玉に替えてきたぞと言ってくれたのは、あの御方が初めてだったのじゃ」
「 ――― それは、良い父君でいらっしゃいますね」
「うむ。怖い顔をしておるし、実際、他の妖怪たちに怒鳴っているときなど、怖いのだがのう」

 またもとのように、リクオがにこやかに微笑むので、苔姫もほっとして、それからはなるべく、彼が思い出せないものには触れないように気をつけた。すると、苔姫が今日の逢瀬に望んでいた、おっとりとした春の空気が、二人を包み込んだのだった。
 ゆっくりと、雲がはるか空を渡っていく。
 はらはらと、桜の花びらが落ちて降り積もる。

「 ――― まるで、雪のようです」

 リクオが言うと、異なことを言う、と、苔姫は首を傾げた。

「ようやく雪降る寒い季節が終わったというのに、なつかしげな顔をするのじゃな」
「おや、それもそうですね。でも、何だか好きなんですよ、雪。桜も可憐で儚く美しいですが、雪もまた、淡雪のように優しいときもあれば、敵を討つような気概を見せるのか、凍てつく氷となるときもあって、見ていて飽きないし、手に取ると残らぬ儚さもある。寒いからと、戯れに身を寄せ合うこともできますしね」

 他愛もないことを話しながら、人も少なくなってきたことだし日が暮れる前に帰ろうと、石段を降りて残してきた駕籠の人足たちを探すが、姿が無い。
 言っていた茶屋の傍に駕籠はあるので、すぐ戻ってくるだろうと軒先で待っていたが、二人であれこれと話しているというのに、茶屋も無人なのか、人が茶を持ってくる気配も無い。

「おかしいのう、どこまで行ったのであろう?」
「少し、奥を見てきます」

 流石に不審に思って、リクオが茶屋の奥を見ると、板で囲っただけの台所には誰もおらず、こぽこぽと湯だけが湧いている。つい先ほどまで、人がいたような気配だ。
 ふと脇を見ると、間仕切りに隠れた向こう側に、人一人が横になって休めるように畳が敷いた小さな部屋があるので、これをのぞくと、茶屋の主人らしき人と、人足二人が、ぐうぐうと深い鼾をかいて眠っている。こんな狭いところで何をやっているのかと、少し乱暴にゆさぶってみても、起きる気配がない。 
 怪異に他ならぬこれに、はたと、苔姫が危ないと悟り、慌てて踵を返したのと、その苔姫の悲鳴が響いたのは、まさしく同時。
 容赦なく振り回された金棒が、茶屋目掛けて振り下ろされる。
 思わず顔を袖で覆った苔姫を、リクオは風のように抱き上げた。
 金棒は茶屋の屋根を突風のように横からさらったが、間一髪、リクオはこれを逃れ、まるで重さを感じさせずにふわりと、今戸神社の石段を一飛びに、注連縄を張り巡らされた御神木の枝先に降り立つ。
 名乗りもしなかった襲撃者どもは、ひらひらと花を零す枝に隠されて、童子姿を見失った。
 ほんの一瞬だったが、リクオが足元に見ゆる無粋者たちを見て、先日奴良屋敷で総大将にご機嫌伺いに訪れ盃を交わして行った、名も無き鬼どもであると判じるには充分な時であった。
 己の袖を離したがらぬ苔姫を、安心させるように微笑みかける。

「人の身なれば、きっと伊弉諾尊、伊弉冉尊があわれに思って守ってくださいましょうから、ここでじっとしておいでなさい」
「では、リクオも、あの鬼どもが去ってしまうまで、ここでじっとしておるがよい」

 だがこれには答えず、力を込めすぎて真白になってしまった苔姫の指先を、そっとほどく。
 そうしている間に鬼たちは、「やれ、あそこに逃げているぞ」と枝先のリクオを見つけてしまった。不思議なことに鬼たちの目には、同じ枝に身を隠していた苔姫の姿は映っていないらしく、「童子一人だけか」「童女はどこか」などと、見つけられずにいる。
 境内の結界に阻まれ、地団太を踏む鬼たちの前に、リクオは枝葉を払って、ふわりと戻ってきてやった。
 苔姫が言ったように、じっとしていればいずれ鬼も諦めて、去ってしまうだろうと思われたが、こちらがなんの仁義に恥ずることもしていないのに、逃げ隠れするのは性に合わない。

 いつの間にやら、辺りには冷ややかな妖気が満ちて、まだ日は照っているというのに不自然に暗い。灯篭に明かりが燈るにはまだ早いが、妖気垂れ込めた暗さは、明かりがなくては心細いほど。たまさか訪れる陰の気を足がかりとして、鬼どもは己等が動きやすいよう、ここら一体を祟り場としたらしい。
 この中で、身の丈、三丈はありそうな鬼どもが、ぐるりとリクオの四方八方を取り囲み、恐ろしげな顔をして見下ろしてくる。

「 ――― 女一人を狙うとは、どこの木っ端妖怪かと思っていたら、おや、この前屋敷にいらっしゃった、大鬼会の方々ではございませんか。こんな昼日中に、こうも暗くされちゃあ、せっかくの桜の風情も台無しだ。夜桜ってのは、月がなけりゃあ始まりませんぜ」
「ノミのような童子が、ひらりひらりと逃げることしかできんくせに、よう吹きよるわ。今日は総大将の御慈悲も求められんぞ、いつまで舞ってくれることやら。這い蹲って泣きじゃくり許しを請うならまァ、酌をさせるのに飼ってやってもよいわ」
「ご冗談を。男相手に酌なんぞ、心から惚れた相手にしかできません。で、そちらさんは、今日はいかな御用向きでございましょうか。ここは夫婦の契りを見行はす、神さんの社にございますよ。もしもこれに御願いの儀があっていらしたんなら、その膝元でこのような戯言をするのも、神さんの不興を買いましょう。そんならここで先日の続きをするわけにも、参りますまい。またいつかどこかに改めまるわけには、いきませんかね」
「馬鹿を申せ。我等は関東大鬼一派ぞ。卑小な人間どもが祭り上げる神なんぞに、縁があるわけも無い。用があるのは貴様の方よ。糞餓鬼め、うまく奴良屋敷へ上がりこんだと思っておるのだろうが、貴様の魂胆とやら、わかっておるぞ。どうせ総大将の寝首をかいて、《畏》を奪おうとしておるのだろう。いやそれとも貴様、総大将のやはり寝首をかいて討とうとする、陰陽師という輩か。
 なにせ貴様ときたら、人であるのか妖であるのかはっきりわからぬ。人であるかと思えば妖気に溢れ、妖であるかと思えば陽気、神力の類を帯びんとす。どちらであるか、はっきりせよと、本家の方々はお思いなのよ」
「そいつは困った、実際、私も憶えていないので、何と答えたら良いものか、わからないのです。ご存知であれば、教えてもらいたいほどだ」
「 ――― ああもう、焦れったい!そんな問答なんてどうでもいいじゃないのさ、あんまり屋敷を留守にしているわけにもいかないんだから、とっとと試して、とっとと帰ればいいんだよ!」

 鬼たちとリクオの問答に、女の声が割って入った。かと思えば、ふうと凍てつく冷気が鬼たちの股座をくぐって、土を凍りつかせながら激流のごとき勢いで、まっしぐらにリクオ目掛けて走ってくる。
 これをまた、ふわりと飛んで交わすつもりならば、構えた金棒で叩き落してやろうと鬼たちはきばっていたのだが、リクオは何のまじないか、ふわと優雅に袖を翻しただけである。袖括りの飾り紐がこれを追い、こぼれる桜のように舞うと、なんと袖から立ち上った青い炎が、息吹が届く前に押し返した。
 たちまち、氷の激流は炎の激流となって、今度は少々鬼の股座を焦がしながら、息吹を放った当人へ、技を返してしまった。

 これにたまらず悲鳴をあげたのは、鬼どもの後ろから成り行きを見守っていた、雪女である。
 いつも蓮っ葉にかまえた彼女だが、炎の滝が迫ってきたときの驚きっぷりときたらまるで童女のようで、いや、こっちこないで、ちょ、誰か、たすけて、と懸命に袖をばたつかせた。僅かに袖が焼け焦げたところで、後ろからぐいと彼女を引いて抱きとめてくれる腕があったので、ほ、と息をついて、すまないねえと視線だけを肩越しに投げかけ、ぎょっとした。
 今まで視線の先、鬼どもに囲まれ円陣の真ん中に居たはずのリクオその人が、紅し紅しと瞳を燃え立たせ、まだ彼自身、少女のようにほっそりとした腕に、彼女を抱きとめていたのだ。

「なんだ、雪麗さんか。脅かさないでよ、どこかのごろつき妖怪が、苔姫様を狙って襲いにきたのかと思ったじゃないか」
「かッ……軽々しく名前を呼ぶな、変態!!」
「あはは、ゴメンゴメン、雪麗さん」
「キーッ!!」
「で、どうだろう、雪麗さん。ボクは妖怪に見えるかい、それとも陰陽師に見えるかい。わかったなら、是非教えてよ。いずれにしても、総大将の寝首をかこうとは露ほども思っていないのだけど」
「ええいこの口達者な糞餓鬼め!わかった、悪かったから、そういちいち名前を呼んで困らせるな!お前を疑っていたのは、あいつ等だよ!」

 びし、と指差した先。鬼の影にかくれた、闇の濃い場所。
 鬼たちの円陣に挟まれていたときには気づかなかったが、そこでもそり、と居心地悪そうに動いたのは、一ツ目入道、算盤坊、ガゴゼ、大ムカデといった、奴良屋敷でも大物中の大物たちである。

「あんたが屋敷を出たところで、ちょいと脅かしたら尻尾を出すんじゃないかって言ってさ。わたしはやめときなって言ったの。でもあいつ等がどうしてもって言うから、なら、やり過ぎないようにお目付け役は必要じゃない。
 感謝してよね、あんたがもしただの人間だったら、あいつ等、総大将のいないところで袋叩きにしかねないから、こっちはそれを止めてやるつもりで来てやったのよ。霜焼になるぐらい、あの鬼どもの見るからに痛そうな金棒で袋叩きにされるより、余程優しいでしょうが」

 たった今、炎の激流から身を救われたことなど忘れて ――― 僅かに頬が赤いから、忘れた素振りなだけなのだろうが ――― 我が身をさっとリクオから離し、総大将に縁深い雪女は、ぱんぱんと手を打ち鳴らした。

「ほら、満足したかい?どう見たってあの青い炎、陰陽の術の部類じゃない、立派な妖気だ。昼日中はどうみたって人間だが、それだってあの身のこなしはただの人間にできる技じゃないし、今こうして陰の気垂れ込める祟り場では、なんとも立派な妖怪様じゃないか。わかったら、とっとと帰るよ」

 満足とはいかぬまでも、一応、妖怪のはしくれらしいとリクオを認めた重鎮たち、雪女に促されて、木陰に隠した朧車に乗り込むべく、のろのろと動き始めた。
 しかし、この後ろから、ゆらりと振り上げた金棒の影が迫る。
 さっさとリクオに踵を返し、一行の殿を行く雪女は、影が自らに差し掛かってから、まだ鬼どもが祟り場を保ったままなのも不思議に思って、おいこれは、と振り向いた。

 と、巨大な金棒がもはや目の前に振り下ろされていたのだから、たまらない。
 あれ、と叫んだ。前を行く重鎮たちも、何事、と振り向いたのだが、そこで見たのは。
 抜いた匕首を逆手一文字、閃かせて、まさに今、雪女に振り下ろされんとした金棒ごと、大鬼をするりと切り抜いたのは。

 桜の枝に隠された苔姫も、これを見逃すはずはない。
 大鬼が巨体に似合わず、風をそよとも起こさないほどしのびやかな所作で、彼等の背後から、渾身の力で金棒を振り下ろそうとしたその瞬間。リクオは懐に忍ばせていた匕首を逆手に、今度は金棒をかわさず真正面から受け止めた。
 雀が鷹へ向かっていくようなものである、たちまち金棒の重みに、童子の身がひしゃげて曲がるだろうと、苔姫は声もだせずに恐れおののいていたのだが、全くそうはならなかった。
 雀であったはずの童子は、いとも簡単に、鷹の爪であるはずの鬼の金棒を真っ二つにくだし、勢いのままにこれを振り下ろした鬼の巨体もまた斬って捨てたのだ。

 斬った後、すとんと鬼の背後に降り立ったのは、リクオと同じく水干袴姿だが、髪は長く伸びて銀に変じ、体つきも童子ではなく立派な男子に変じている。この毛並みが、彼等の総大将に似ていて、雪女などは妙な心もちにもなる。あの男、まさか別のところで女をつくり、子を孕ませていたか。

「おかしいんじゃねぇか、大鬼一家とやら。オレの検分のためだけに、総大将の側近にまで手を出すのは、筋書き通りとは思えねぇ。一体、何をたくらんでやがる」
「フン、気づかずに叩き潰されていれば、死の恐怖に怯えることもなく、一瞬で冥途へ逝けたものを。まあ、これ以上の小細工はオレ達も望むところじゃねぇ、力と力の勝負、《畏》と《畏》の勝負と行こうじゃねぇか。貴様が修羅か、羅刹か、夜叉か、何であるかなど知らぬが、いずれにせよ、まずは貴様から血祭りにあげてくれる」
「鬼さんよ、おしきせの口上を吐く輩は三下って、決まってんだぜ。かかってくるなら、とっとと来な」
「ええい、糞餓鬼め。変化した途端、さらに態度が悪くなったわ。ものども、出合え出合え!!」

 瞬く間、祟り場が田畑の向こうの山々までを覆い、そこな畦道そこな林道、そこな辻そこな物陰そこな隙間、ありとあらゆる棲家から、息を潜めて待っていた、おびただしい数の妖怪どもが、大物小物問わずここに現れ、鬼どもを先頭に、リクオと、僅かな手勢の奴良屋敷の重鎮たちに、襲いかかったのであった。