千代が住んでた犀川のほとりの村は、戦国乱世の頃は甲斐と越後の間に挟まれて、あちらこちらから兵糧取りだって、戦に巻き込まれて襲われることがあったところでね。

 それでなくても、住んでる村に年貢を取り立てに来るお上だって、ころころ変わったもんだ。

 昨日は村上、今日は武田、明日は上杉って。

 それぞれがそれぞれの理屈を振りかざして、今年の年貢がまだ納められておらぬぞよと、こう、来るもんだ。村の奴等が、今日食うはずの米まで持っていかれる。来年の種まで持っていかれる。おっちゃんは妖怪だから、ただ息を潜めて見てるだけだったけど、それでもなーんか、困ってる奴がいると放っておけなくってさぁ、人間たちが気づかずにおっちゃんを荷車の車輪なんかに使ったときは、気張って運んで楽させてやったりして、それとなーく手伝ってたんだよね。
 人間の方でも、「この荷車の車輪はよく廻ってくれて、有難い」なんて拝んでくれるから、おっちゃんにとっても少なからず《畏》の源になってたし。
 変かな。でもさ、ずっと見てると、情ってわくもんじゃない。
 話とかができなくってもさ、ついこの前まで手のつけられない悪戯小僧で、おっちゃんの顔に立小便こいていった悪ガキが、すっかり男らしくなって女房もらって、また子供こさえて……そういうの見てたら、あらー大きくなったねーなんて、思っちゃうもんなんだよね。

 可哀相な村だったよ。貧しくて。
 うんにゃ、土地が痩せてるからじゃないんだ。
 逆に、よく稲は育つし、他の畑の土も良いもんだった。
 だからこそ、あちこちの武将から狙われたんだろうね。

 千代はその村の、名主の娘だった。
 名主って言ったって、ただの村の纏め役なわけ。
 立派な屋敷に住んでいたわけじゃ、ないさ。綺麗な着物に身を包んでいたわけでも、ないさ。
 他の皆と同じだった。だからこそ、千代のお父は村の皆に慕われてたんだ。
 もっとも、千代のお父の代の頃は、昔ほど悪くなかった。
 なにせ、織田信長公の天下布武の後、太閤秀吉が検地を行って、ちゃあんと年貢米がここはこれだけと定められ、それ以上を求められることは無くなったんだし。うん、おっちゃんもね、この村はこのまま良くなっていくんだろうって、思ってた。

 結局、幕府を開いて征夷大将軍となったのは、徳川家だったけど、名主が庄屋って名前は変わっても、やっぱり無理な年貢を求められることはなかったし、それなりに、そう、平和だったんだ。
 ご馳走も、華美な着物もなかったけど、子供が小さな手に豆をこさえて無理に田畑を耕さなくてもいいくらいには、平和だったんだ。

 千代や、他の子供たちに、千代の父親は鞠をくれてやってね。
 子供たちは、鞠つきをしながら朗らかに笑って。
 千代は明るく笑う、良い子だった。
 歌う声は、天まで届いた。
 正直であれ、と、庄屋の父に教えられて、童女ながら潔いほど正直で、真っ直ぐで。
 あの真っ直ぐで澄み切った、鏡のような心根は、もうそれだけで立派な才だったね、うん。
 お父の教えもよかったのかもしれないけど、優しさと正しさを併せ持った子だったよ。
 子供たちの中でも、よく慕われて。

 いい日だったなぁ。本当に、いい日だったぁ。

 おっちゃんが動かす荷車にも、たっくさん陽を浴びた作物が積まれて、運び甲斐があって。






 ところが、人の世の方が何だか騒がしい。
 大きな戦の噂が、村にも流れてきた。
 同時に、幕府方ではない、西の方から年貢を徴収する輩が現れた。徳川は逆臣であるのだからこれを討つのだと言う、石田勢だった。村人たちを一箇所に集めて武器を持った奴等が囲み、さあ食い物を出せ、ありったけ出せとね。兵糧って奴は、いくらあっても足りないから。
 千代の父親は、これを拒んだよ。今は既に徳川の世。この村もまた、その下にあるものだからと、拒んだんだ。
 途端、千代の目の前で、数人の村人の首が飛んだ。

 村人の命には代えられない。

 千代の父は、要求を呑んだ。
 瞬く間に、村はまた、貧しくなっていったよ。
 千代がどんなに腹をすかせて河原で泣いても、犀川は穏やかに、流れ行くばかり。

 村の米倉がからっぽになったとき、いよいよ村人たちの我慢も限界になった。
 鋤や鍬や包丁を手に、次に来たらあの狼藉者たちを追い払ってやろうと、やっきになった。
 しかし、相手は刀を持ち、鎧に身を包んだもののふ達。その上、多勢に無勢。
 追い払うつもりが何人も犠牲になり、もはやこれまでと思われたとき。

 一陣の風が吹いて、村を襲っていた狼藉者たちが皆、目に見えぬ刃に切り裂かれた。
 ぎゃあと悲鳴を上げて、ほうほうの態で逃げ帰ったもののふ達。
 奴等を追い払った後、黄昏の闇の向こうから、浮き出るようにやってきたのが、あの、古部という男だった。

 古部って奴は、最初から、「朝廷の使い」だと名乗ったよ。
 天子さまは、麻のように乱れる日ノ本の国に心を痛められ、こうして自分のようなものを使って、各地の様子をお知りになっておられる。この村のように虐げられる土地があれば、これを救いたいとの仰せだと。
 あの、顔だけは恵比寿のような善人面で。
 まんまと、千代の父に取り入ったわけだ。






 天子さまだとか、朝廷だとか。
 長く続いた武士の世でも、そういえばそういう御方がいるらしいという話くらいは、誰もが聞いたことくらい、あるわけよ。さらには窮地を助けてもらったとあっちゃ、舞い上がるのは当然ってもんでしょうが。しかも、一度目や二度目は、あの古部ときたら、まるで御礼なんて受け取らないんだから。

 日ノ本の国を安寧へ導くのが役目……なんて、格好つけちゃってさ。
 子供等もすっかり懐いて。
 村の人たちも、古部様、古部様って。

 ……ただ一人、千代だけは、そうじゃなかった。
 そりゃあ、最初はすごく、有難がった。お父や村の皆を助けてくれる、古部に感謝もした。
 何度となく、村は襲われかけたし、その度に助けられた。
 しかしね、何も見返りを求めず、ただにこにことしている古部を見ているうちに、千代は、ちょっと不気味に思い始めたんだよ。
 千代の心の中にある、人を真っ直ぐ映す鏡が、あいつは嘘つきだって報せてたのかもしれない。

 その勘は、当たった。

 やがて、戦が、東軍の有利にはたらいているという噂がたった頃、古部は村人たちを諭し始めたんだ。
 さてここまで、東軍御大将の徳川様が、この村を西軍の不埒者から、守ってくだされたろうか、と。
 ここまで、この村を守ってこられたのは、古部を遣わした天子さまに他ならぬ。
 皆の衆はそれでも、新たな徳川の世に下り、またも新たな力に屈するだけなのか。
 この村だけでも、天子さまの御料地、天領となって、天子さまのために鍬や鋤をふるわぬか、と。
 古部を、不気味な奴と思っていた千代だって、言ってることはもっともだって感じたほど、魅力的な言葉だった。
 誰を主として仰ぐか、決めるのは結局、ほら、ついて行く人なわけだからね、うん。

 迷った末 ――― 庄屋さまは、天子さまとの縁も捨て難く感じて、古部を通じてこっそりと、天子さまにもいくらか、お納めすることにしたんだ。
 古部はこれに満足して、また来ると言い残し、京に帰っていった。

 それから何年か、過ぎて。
 千代も、鞠をついてばかりの童女ではなくなって、お父の仕事を手伝うようにもなった。
 手伝って、気づいてしまったんだわ。

 年貢米っていうのは、石高に応じて取り立てられる。代官さまを通して幕府におさめる年貢の帳簿を手伝っていた千代は、お父が天子さまへ年貢米をお納めすることを、幕府へ報せていないことを知り、不気味な古部の顔を思い出して、何か、いやーな予感がしたんだろう。
 お父に、天子さまへこれだけのものをお納めしていますと、徳川様へもお報せした方が良くは無いのか、と、言ったんだ。
 世は、いよいよ徳川の御世だった。
 もともとは天子さまが征夷大将軍と認めたからこそ、徳川は幕府を開いたはず。
 それが真ならば、天子さまの御口に入る御料米を、僅かながらお納めしておりますと申し上げても、両者、そうかと思うだけで別に、何も思うことはないんじゃないかって ――― 。

 と言うのもね、妙な噂があったからなんだ。
 徳川と朝廷は、対立しているんじゃないか。
 実は朝廷は、徳川を廃してしまいたいんじゃないか。
 ってさ。

 今度は、朝廷と徳川の、日ノ本を二分する戦になるんじゃないか。
 ってさ。
 いやいや、噂だよ、噂。
 それに、朝廷って言っても、徳川を廃せという輩ばかりではなかったかもしれない。
 徳川が新しき血や力を取り入れ、絆の力で時代を開いたのとは逆に、朝廷ってのは古き血にこだわりすぎて、一枚岩ではないんじゃないのかなぁ。予想なんだけどね。でもまあ、中には、討幕の主義をかかげている一派も、あったんだろうねぇ。
 このまま隠していては、その争いの火種にされないとも限らない。

 間もなく、例の古部が御料米を受け取りに来るという頃、千代は、お父にそう訴えた。
 お父も、これに頷いて、二人で村を出発し、御代官の元へ走ったんだ。
 うん、自然なことだと思うよ。
 徳川によってようやく、乱世に終止符が打たれたんだからさ。
 無駄な火種は、残しておきたくないじゃない。
 今まで通り、お供えの名目で御料米をいくらか天子さまへも奉じて良いと幕府方が言えば、それで良いだけなんだしさ。

 ――― ところが、だ。

 御代官さまの屋敷へ行く途中の山道で、千代は妙なものを見た。
 崖下に転がったまま、雨風で錆びた甲冑と、葬ってくれる手もないまま、朽ちかけた武者たち。
 ……皆、徳川方の武者だった。
 それも、最近のことではない様子。
 そう、おっちゃんが見た限りでは ――― おっちゃんはその時、千代を乗せる荷車の車輪だったんだ ――― それこそ、十年近くは放っておかれたんじゃないのかなぁ。千代の目ざとさがなかったら、見つからなかったかもしれない。
 慌てて二人は、本来のお伺いの前に、まずこれを御代官様に報せたよ。
 御代官さまはすぐに、二人に案内されてそこへやってきて、少し思案して、こう言ったんだ。

 そう言えば、東軍西軍に分かれて騒がしかった頃、権現様は、兵糧刈りなどが行われぬよう、しっかり己の地盤とした土地には兵を遣わして守っていたが、そなた達の村に何度兵を遣わしても、決して帰ってこなかったのだと言う。
 結果、そなた達の村には何事もなく、また遣わした兵もどこへ消えたか判らぬままだったので、どこかで敵兵に見つかり死んでしまったのであろうと、弔った後はそのままにしておいたとの事だが、もしや ――― 。

 千代は何だか嫌な予感がしたんだと思う。
 お父によく、「お前が男子であったならなぁ」なんて言われるくらい、目先が利いた女子だったから、はっと何かに気づいたみたいだった。本当なら、もう少し改まった場所で、お報せする内容だったんだろうけど、焦った様子で、その場で膝をついて、御代官様にかくかくしかじかと、申し上げたんだ。
 御代官さまも、お父と千代の報せを聞いて、千代と同じ考えを持ったみたいで、顔色を変えた。

 徳川の兵が村を守らぬよう、たどり着く前にこれを闇に葬り、故意に村を襲わせる。
 そこへ、さも偶然通りかかったかのように見せかけて、助けに入る。
 天子さまという、《畏》を憶えさせて、人心を把握し、御料米と称して幕府の財源を横から掠め取る。
 天子さまへの御料米は、年貢とは違う。天子さまへ捧げるのはお供物だ。帳簿にもそのように載る。
 村人の口から報せられない限り、字面だけでは誰もが、神社か寺への供えだと思う。
 だからこそ、千代とお父はわざわざ、帳簿を携えて御代官のところに来たんだ。ここに載っている《御供物》《御料米》というのは、実は京の朝廷へお送りされているものですが、このまま続けてようござんしょうかって、字じゃなくて、口で言わなくちゃ通じない意味を、ちゃんと伝えるために。

 御代官さまは手勢をやって、近隣の村々に馬で走らせた。
 加勢を募って、千代の村へ駆けつけるためにね。
 間もなく、あちこちの村からかけつけた男衆たちを連れ、千代とお父は村へ帰ったが。

 遅かった。何もかも、遅かったんだ。

 陣はもう、敷かれた後だった。

 そう、あの、古部の手によって、ね。






 村で待ち構えていた古部、たった一人だった。
 いつもの商人の格好ではなく、京の陰陽師が纏うような、狩衣を着込んでいた。
 村はね、もう、しんとしていて、人影が見当たらず、不気味だったよ。
 ――― 犀川の流れすら音をたてず、まるで空も川も、死んでしまったみたいだった。

 鬼気迫る様子の男衆や、その先頭に御代官さまと、お父と、千代が並んで、古部と対峙したんだが。

「残念ですよ、庄屋さん。貴方には、もっと手伝ってもらおうと思っていたのに」

 にこにこと、例の恵比寿の笑みを浮かべたまま、古部は不気味に言ったよ。

「この村の人たちはよく働くし、貴方は誠実だから、口さえ閉ざしていてくれたら、《貴方たちのままで》使ってあげたというのに」

 古部が、袖を振った途端。

 どろり、と、千代の隣で。

 お父が溶けた。

 お父だけじゃない、千代の周囲に居た、男衆たちも、御代官さまたちも。

 どろり、どろり、と。

 溶けて、泥のように腐った臭いのする塊になって、べしゃり、地を這うように蠢いた。
 かろうじて人の形のする泥の塊から、やがてぎょろりと黄色い目玉がのぞき、くぱりと開いた口からは、唾液にまみれた黄色い歯がのぞき。
 あまりの事に千代が声も出せずに居ると、しんと静まり返った村の、そこの家の影や木の陰や、田圃の畦から、これと同じ生き物が、わらわらわらっと飛び出した。
 ぎいぎい鳴く生き物は、そう、餓鬼だった。

 おっちゃん、たまげたけども、これはたまらんと思って荷車から外れて、逃げることにした。
 千代が心配だったから、できるだけ蹴散らそうと思って、火の玉まとわせて古部の方に突進して ――― そりゃもう、久しぶりに気張ったねぇ。四足で跳ねる餓鬼を跳ね飛ばして、古部の向こう側へ転がりながら、千代のためにも逃げ道をこさえてやろうって思ったんだけど。
 振り返ってみても、千代は全く走ろうともしない。
 呆然と ――― 地獄の餓鬼どもの群れの中にいるばかりで ――― ああ、こりゃだめだって、おじさんは思った。
 悪いけども、これじゃあ、あまりに多勢に無勢。
 おじさんは逃げることにした ――― したんだけど ――― 情って湧くんだよねぇ。
 ――― 途中で、引き返しちゃった。千代が気になって、その周りの餓鬼どもを跳ね飛ばして、千代、千代って、呼んでやった。

 千代は今まで黙って車輪をやってたおじさんが、喋ったのにも一切驚く様子はなかったよ。
 むしろ、今までお父だったものが、今は足元に這い蹲って、何か食べるものはないかと土の上を探し回り、石だろうが花だろうがつまんで口に入れていくのを、掴んだが最後、それが同じ餓鬼だろうと、ひょいぱくりって口に入れていくのを、瞬きも忘れて見入ってた。

「雉も鳴かずば、撃たれまい。黙っていれば、人のままでいさせてやろうと、思ったものを。まァ、おかげで餓鬼造りの試みができたことには、最後に感謝しておきましょうか」

 こんな地獄の中に立っていたのは、やっぱり恵比寿の笑みの古部と、千代だけだった。
 人の数だけの餓鬼の群れの中だったよ。
 ざわざわ、言葉にならない寄生や、がさがさごそごそ、餓鬼が何かを食う音だけがしてさぁ。

 そう、千代は溶けなかった。

 古部は不思議そうに、千代を見ていたね。

「 ――― にしても、どうしてお前は溶けないのです。お前こそ、最も高らかに鳴いた雉だったのでしょう、千代?正直もほどほどにしないと、ホレ、そのように、誰も彼をも犠牲にすることになる」
「お、お父……お父……!」

 千代の足元で、しきりに大きな岩を探しては飲み込む哀れな餓鬼には、千代のお父の着物がまだひっついてて、かろうじて、お父だってことがわかったみたいでね。
 可哀相に、千代はこのお父にすがり付こうとした。
 ところが ――― そう、餓鬼の肉は腐ってる。
 触れたところから、ずるりと肉が削げ落ちて、白い骨がぼろりと見えた。

 ひいと千代は息を呑む。触れれば触れるほど、お父の肉は削げ落ちてしまう。

 お父だけじゃない。

 村の子供たちだった餓鬼。女衆だった餓鬼。
 千代が仄かに思いを寄せていた男。
 みんなみんな、暗い緑色の肌とぎらぎらした黄色い目、ぼっこり腹だけが突き出た、餓鬼に変じて何でもかんでも口に入れている。共食いすら始めてる奴もいた。もちろん、千代の柔らかなふくらはぎにだって、お父だった餓鬼が、がっぷり鋭い歯を突き立てた。

 嗚呼、嗚呼、と、千代は嘆いて。

「雉も鳴かずば ――― 」

 あの、鏡みたいに不正を射抜く目から、綺麗な涙を、ぼろぼろ、ぼろぼろ零して。

「雉も鳴かずば ――― 」

 顔を手で覆い、古部の言葉を何度も何度も繰り返して。

「ならば、私はもう、鳴かぬ ―――――― 」

 そのときだった。

 ぶわりと、空を覆うように黒い糸が広がった。
 ぬうと手の形をして、村に溢れる餓鬼たちを、優しく絡め取ったのよ。
 共食いをしていたのも、千代に喰らいついていたのも、そしておじさんも、例外なく絡め取られちまってね。

 おじさんは、妖力をたちまち使えなくなった。

 あら。あらー、ってなもんで、絡めとられて、ばったり。
 餓鬼の方は、元々妖力なんて無いにも等しいからかねぇ、絡め取られた途端、凍ったように動かなくなって。

 これには古部、驚いたような顔をしていた。

 あれは千代を畏れる顔だった。

 ――― 千代には、陰陽師さえ畏れさせる力が、隠されてたんだよ。

「お前の力は、なんと ――― 鳴き声を封じる力か。天賦の才がお前を餓鬼の呪から守ったか。これは、素晴らしい」

 皮肉なものさ。

 千代の、正しさを訴える声は、誰より綺麗な鳴き声だったのに。

 その力を見せた後、千代は何も話さなくなった。
 声を出さなくなった。

 最初は千代を畏れた古部も、千代が何も抵抗せずに、ただただ、お父だった餓鬼を慈しむように抱き締めているのを、見て、こう約束した。

「お前がそのまま己の鳴き声を封じ続け、私の使いに下ると言うのならば、役目を終えた後、餓鬼どもを人に戻してやろう」






 以来、千代は古部の傀儡なんだ。