「………駆け落ちだァ?………おいおいおいおい三代目よぉ、何考えてんだ、てめーは」

 案の定、一ツ目入道は迷惑極まりないといった様子であった。
 それでも、手土産に酒まで持参した元服したての三代目を、追い返すほどの不機嫌ではないらしい。むしろ、三代目自らの訪問を驚き、始終ぶつくさ文句を垂れてはいるものの、自ら己の屋敷の客間へ案内し、さっそく手土産の酒に合う突き出しを用意させたところには、充分に敬意が見て取れる。
 嘘をつけない男であるのは知れている、顔にも態度にも考えがすべて表に出る男であるから、迷惑に思っているのも敬意を払っているのも本当であるのだろう。
 判じて、男君は注がれた酒に何の警戒も見せず、口に運んだ。
 この男相手には、己の昼姿の方こそが警戒させると知っていたので、訪れたのは黄昏を過ぎた頃、夜姿に変じた後での事だった。

「別に。思ったままを言ったまでだ。他意はねぇ」
「はッ。百も数えぬうちから腹黒さだけは総大将と並ぶんじゃねぇかって言われてる奴に、他意はねぇと言われてもな。カラスどもが言い触らしていたから知ってるぜ、青鷺んとこの娘と、明日の黄昏時から縁談らしいじゃねぇか。その前日に、この一ツ目屋敷へ来るってことはだ、とりなしだの何だのをしろって話じゃねぇのかい」
「駆け落ちして、これから姿を消そうってんだ、とりなしも何もねぇさ。ただその前に、今までお前と腹を割って話す機会が無かったのが、ちょいと心残りだったんでな。挨拶がてら、来てやったまでよ」
「言うじゃねぇか。小童が、一人前によ」

 酒が入っていたこともあり、一ツ目入道は気分良さそうにガハハと笑った。

 人目のあるところでは、何かといえば三代目をうつけ呼ばわりし、昔の奴良組はこうだった、ああだったと文句をつけたがる男だが、一人こそこそ何やらを企む陰気な男ではない。
 奴良組配下の者どもが皆そうであるように、この男もまた陽気こそが信条。
 若い者をうつけと呼び、若い者がやることをなかなか認めたがらぬのは、叛意からではなく、幼子の危なっかしい足取り、幼子の火遊びを叱りたがる大人の口やかましさと同じもので、一ツ目入道もまた、人の世界に通ずるこの理屈に、知らず知らず、どっぷり頭まで浸かっているのである。
 老練の職人が、才気あふれる若い職人を認めつつも、若いがゆえに荒削りな所々が気になって、ついつい口を挟んでしまうようなものだ。決して心底から男君を嫌っていたり、憎んでいたりするはずがないのである。
 そうでなければ、いくら初代の頃から幹部と数えられている身とはいえ、どうして傾きかけた奴良組の総会へ、毎度毎度顔を出すだろう。
 嫌がられる、憎まれるとわかっていながらもあれこれ口を出してしまうのは、そんなやり方では、それよりもこうした方が、などと、あれこれ思うところが多くなってしまうからだ。
 多く思ってしまうのは、それだけ縁深い相手と思うからこそ。
 本心から疎んじ、排斥したいと思うなら、表だって口やかましくなどせず、じっくり腹の中だけで陰謀企み根を回し、ここぞというところで討ち果たすというものだろう。

「……ワシが言うと、また年寄りの小言と思われるかもしれねぇがよ」

 運ばれて来るつまみが、いつもより箸の進み具合が良いことも手伝って、三代目の目論見に付き合ってやるかという気が起きた一ツ目入道は、明日に控えたという縁談相手のことから始まり、その相手と己が今も縁を切っていないのは、いつか本家にとって彼等の力が必要となったなら、己の伝手を頼って繋ぎができようと思うからこそであることや、にもかかわらず、二代目が死んだ以降、三代目は元服の年まで守られるままに人間として眠るように羊のように過ごして、これを省みなかったことなどを、時折語気を荒くしながらも申し上げる。
 己が彼を、総会に誘うのが挨拶になっているように、あちらも己を、これ以上本家に使えても何一つ良いことはないのではないかと鼻で笑うのが挨拶になりつつあり、悔しい想いをしていることも、鼻をぐしりとさせながら、てやんでぇばろぃちくしょうと付け足した。

 つまりはこの男、奴良組が大好きなのである。

「他の野郎の中には、弱小過ぎて、奴良組の手がまわらねぇところに人員割いてるからこそ総会なんてのに顔を出せねぇ、ってのもいるかもしれねぇがよ、青鷺火の野郎は違うぜ。あいつは配下にいくつもの代貸、三下を持ってやがるし、いくつも繁華街をシマに抱え込んでやがるからな、懐は潤ってるはずだ。それが、娘を三代目の嫁にするって話に乗り気になってるってんなら、そいつぁ、アホのように蹴る話じゃねぇぜ。すっぽかしてなんてみろ、今度こそ絶対に、本家とは断絶するだろう。おうとも、今でこそ、奴良組にそれなりの上がりを献上してるがよ、それもなくなっちまうだろうなァ。
 悪いことはいわねぇ、三代目。組を継ぐ覚悟を決めたってんなら、それ相応、犠牲にするモンのことも考えておきな。昼の生活、好いた女、組の建て直し、何でもかんでも手に入れようとするのは欲張りってもんだ。今、青鷺火の野郎にケツを向けられたら、そらぁ、算盤坊がまた泣いちまう」
「へぇ。お前にそこまで言わせるほどの男が、オレに一人娘をあてがおうとしてるってわけか」
「そりゃあ、傾きかけているとは言え、奴良組の名にはいまだ威光があらぁな。てめぇの爺ちゃんがそれだけすげぇ妖だったってこった。おめぇが青鷺火の娘婿殿になりゃ、青鷺火の奴、出し惜しみせず、後押しするだろう。悪い話じゃねぇと、ワシは思うがな。奴良組の名にそれだけの威光があるうちに、ありがたい話と思って受けておいた方がいいぜ」
「……逆だろう」
「はぁ?」
「今まで総会に顔を出してなかった。今更顔は出しにくい。だから娘を通じた縁組を、さもありがたい話であろうとばかりにチラつかせて、とりなしを計る ――― そんなトコじゃねぇのかい」
「おいおいおい、そりゃあ、ちょいと自信過剰にもほどがある。わきまえときな」

 言いつつニヤリと笑って空になった三代目の盃に酌をしてやるあたり、言葉ではたしなめつつも、つい数年前までよちよち歩きを始めたばかりだった童が見目も艶やかに育ち、脇息にふてぶてしく頬杖をついていながら、その頭の中で年経た大妖をしのぐほどの悪巧みをくるくると仕組んでいるのを、実にたのしげに、たのもしげに思っているらしい。

「わきまえる、ねぇ。素直に聞いておいたら大損を見せられそうだな」
「鷺だけに詐欺に合うってかい、ガハハハッ、そりゃあ言えてんなぁ。あの野郎、抜け目ねぇからよ」
「一つ訊くが、一ツ目よ、お前ンとこがその鷺の何某ってのと切れてねぇのは、もしかしたらそいつからいくらか金子を貰ってるからじゃねぇのかい」
「馬鹿言っちゃいけねェや、ワシゃあ、腐っても独眼鬼会の頭はってんのよ。汚ェ金を受け取って、お前にこうやって言い聞かせてるわけじゃねぇ。第一、おめぇが今日ここへ来るなんてのぁ、寝耳に水だ。おかげさんでろくな料理も ――― いや、この茄子田楽はなかなかいい味だな。後で賄いの奴を誉めてやらにゃ ――― ともかく、金を貰ってこんな事を言ってるわけじゃねぇんだぜ」
「それこそ馬鹿を言うない、その点でお前にアヤつけようとは思っちゃいねぇさ。その青鷺って奴、金の面では困っちゃいねぇらしいが、それでもお前と切れてねぇのはどうしてかって思ってよ」
「あぁ、そりゃな、あっちは奴良組本家とこの通りほとんど切れてやがるからよ、地回りに、新しく野良を突こうって新参モンを入れて使っててな、その取りまとめにウチの組のモンを雇ってくれんのよ。昔なじみだからって結構な実入りを寄越してくれるし、あっちはあっちで信用もしてくれてるんでな、ま、もちつもたれつって奴だ」
「ふゥん……。なァ、それってさ、あっちにゃ、まともに戦える奴がいねぇからお前んトコに頼るしかねぇってことじゃねーの?」
「 ――― 」

 右も左もわからぬ小童が何を言うかと、ここでも大きく笑って終わりそうであった一ツ目入道だが、ふと思い当たるところがあって、口元まで持って行った盃を下ろし、ふむと顎を押さえた。

「大所帯になりゃあ、金は必要だ。お前ンとこは生粋の武闘派だからな、青鷺火ンところのように、金を集めるには長けてねぇだろう、そこに苦労をさせてるのは知ってる。だがよ、羽衣狐との一戦、《鵺》復活の噂、これを聞いても武闘派のお前等は、よし全面抗争よと当たり前のように準備をしていられるだろう。逆に、妖怪どもの皆が皆、武闘派妖怪どものようにでんと構えていられるもんなのか?これまで得意の金集めばっかりやってたような奴は、焦るもんじゃねぇのかい、自分の組の奴等にこれといった武闘派組織が無いとなりゃ、外に頼りを求めるしかねぇ。新参者じゃあ弱い、もっと強い武闘派妖怪との伝手が欲しい ――― 娘を人質として奴良本家へ送り込んででも、守ってほしいと思う妖怪どもは、これからもっと多くなると、オレは踏んでいる」
「 ――― 何をさせたい、三代目」
「何も。最初に言ったが、オレはこれから駆け落ちする身だ、知ったこっちゃないさ」
「いやいやいや、待てよ、つれねぇこと言うんじゃねぇよ、そこまで言ってるんだ、最後まで聞かせたらどうだい」
「ここから向こう一年、武闘派の野郎どもには書き入れ時だってことさ。なんせ、傭兵を貸してくださいって声に対して、質のいい傭兵は数が少ない ――― 売ろうと思えば高値で売れる。だが、それは仁義にもとる」
「仁義にもとるこたぁ、許さねぇ、だったなァ?」
「だが恩は売れる。心服させりゃ、それが《畏》だ。何も青鷺火に限ったことじゃねぇ、これから、今まで干されてきた武闘派に次々と、金子を出して手勢を貸してくれって者どもが現れるだろうな。需要に対して供給はさらに少なくなるだろう」
「なァるほど。そこへ、本家に娘を嫁がせてりゃ、手前ンとこはまず優先して守ってもらえるだろうなァ」
「安く見られたモンだ、そう思わねぇかい。お前ンとこのお得意さんが、この小童に色っぽい声をかけてきやがったんだ。独眼鬼会なんぞじゃ足りねぇ、本家のお力を貸してくださいませ、ってこったろうが。お前、何で怒らねぇんだい?」

 小童の言い分には違いない。
 三代目を継いだ若い妖の増長と言えば、それまでであっただろう。
 だが、小童といえど、若いといえど、目の前の若いのはあの羽衣狐を、それも転生を繰り返し妖力を増した女狐を、いくつもの幸運を味方につけて下したのである。運が良かった、次はどうかわからぬ、そういう者もあるし、一ツ目入道も、三代目自身の実力と言うよりかは、二代目の加護が黄泉から届いていたのだろうと思うところではあったが、しかしそれでも、勝ったのだ。

 それに。
 お前たちの組の力は、もっと高く売り込めるんじゃねぇのか、と。
 そう言われて、自尊心をくすぐられないはずがない。

 くぴり、と、一ツ目入道は唇を酒で湿らせ、にたりと笑んだ。

「………で、今度は何の悪戯をお考えなんですかい、若。昔、牛鬼の野郎を落とし穴にハメた時と同じスカッとした気持ち、味合わせてくれるんですかい」
「気に入らねェ小童の悪巧みを聞こうってのか?」
「ま、聞くだけならタダだ。これからどこかへ出奔されるってぇ若のために、最後の手向けをしてやってもいいかとは、思いますがねぇ」
「なら、ちょいと耳かしな」

 脇息を前に寄せ、上半身を乗り上げるようにして男君が一ツ目入道の耳に口元を寄せれば、一ツ目入道もまた、腕を組んだまま耳を寄せる。
 ひそひそとした声は、男君がいなせに半分広げた扇子に阻まれ、誰の耳にも届かず。
 通りがかる者があったとしても、ふんふんと聞いていた一ツ目入道の声がやがて、喉の奥で笑うそれに変わった事くらいしか、わからなかっただろう。

「そいつぁ悪巧みってモンですぜい、若。たった今、高値で売るのはご法度だって言った舌の根も乾かねぇうちに」
「あちらさんがここまで出せるって勝手に出してくる分には、正当な報酬だろ。やってみたモン勝ちだ。本当に奴さんが引っかかってくれたなら、嵩増しした分の四割でいい、直接オレに入れろ」
「そりゃねぇぜ、ほとんど半分じゃねぇか」
「その代わり、算盤坊には心づけするよう伝えとく。残り六割から奴良組は上がりをとらねぇ」
「まぁ、今は取らぬ狸の何とやらだ、それで手打ちにしときやしょうか」

 小童の言い分。若人の増長。
 それでも、幼い頃から見てきた悪戯の天才が、今も己を仲間に入れてくれるのは楽しくて仕方が無い。
 いつしか一ツ目入道は、幼い頃の若君にするような口調で、真剣に話に聞き入っており、企みは日が変わる頃まで続いた。



+++



 翌日の午後になっても、カラス達は三代目の行方を探し出すことはできなかった。
 子供の頃のかくれんぼとはわけが違う、なんとしても探し出せと、まさしく眼の色を妖気で変じてお探し申し上げたというのに、影の一枚すら見つかりはしなかった。
 考えてみれば当然だろう。
 一日の半分は人間であろうとも、一日の半分は妖気を自由に操り、妖として生きていくに充分な力を持つぬらりひょんなのだ。
 いよいよ、今日の縁談の相手方である青鷺火がやってこようという時刻、黄昏時になってしまい、カラス天狗は頭のてっぺんから何枚も羽根を抜け落ちさせながら、右に左にうろうろしてばかりいた。

 青鷺火は名家である。
 一ツ目入道が言ったように抱えるシマも大きく、シノギは他の組に輪をかけて多い。
 今は疎遠になったために、不景気だの何だのと理由をつけて奴良組に上がりを納めるのをケチるようになってきたが、当主の一人娘がそろそろ年頃だという話をカラス天狗の配下の一羽が聞きつけてきたので、ダメ元で縁談の相談を持ちかけてみたところ、あちらも、このまま奴良組と疎遠になるのも折角初代の頃から縁を紡いでいるのに寂しいことだと思っておりましたと、色よい返事をよこしてくれたのだ。
 万に一つの良き話。
 しかし、肝心の若君は「駆け落ちする」と言い残し、行方を眩ましたまま。
 このままでは、青鷺火一派と決裂するしかない。
 戦には金子が必要だ、《鵺》との戦を前にした今、あちこちからかき集めねばならないというのに、金蔵にそっぽを向かれては戦の前にたちゆかぬ。
 時とは無慈悲なもので、心労のあまり、その場でまた一回り小さくなったカラス天狗の耳に、屋敷の小物たちが青鷺火一行の来訪を告げた。

 ついに終わりだ……。
 かくなる上は、この腹、かき斬ってお詫びをいたそう。
 ああ、思えば。
 初代に惚れ込み、ついてきたこの幾百年。
 長いようで短く。

「カラス天狗さま、カラス天狗さまってば」

 儚くも美しく。

「だめだこりゃ、自分の世界に入ってらぁ」
「黒羽丸、だめだぞ、こんな大人になっちゃ」
「親父、小物どもにこんな事を言われてるぞ、そろそろ我に帰ってくれ」
「……なんじゃ、黒羽丸、お前もいたのか。この不始末、私の首一つでケジメとしていただけるよう取り計らってもらうつもりだが、お前はこれからカラス天狗党の党首として、この父のかわりによくまとめるのだぞ。お前は若いがこの父に似て堅実だ、母さんの言うことをよくきいて、本家に忠節を誓い、決して奢らず……」
「親父、親父、青鷺火の方の娘御はこなかった」
「そうか、ついにこなかったか……こなかっただと?!何故?!」
「それで、今、初代と青鷺火の当主が座敷で話し合ってる。どうも青鷺火の方が、額を畳にこすりつけて謝ってたみたいだぞ。ささ美を見張りにつけておいたから、詳しいことは後でわかるだろうが、ちらと聞いた話では、この話はなかったことにしてほしいとか、なんだとか」
「……どういうことだ?」
「さぁ。あちらの娘御が、嫌がりでもしたんじゃないのか」
「いやいやいや、そんなはずはない。トサカ丸の話では、若の隠し撮りポスターをお部屋のあちこちに貼りまくってるという話であった。昼でも夜でもいける、二度美味しいと言っておられると」
「……そんなアブない女に若を売ろうとしたのか、親父よ」

 カラス天狗の疑問は、間もなく明らかになった。
 常に羽振り良さげな青鷺火は、この日も美しい羽根飾りで覆った羽織をまとい、御簾に美しい絹の縁取りをしつらえたおぼろ車で乗り付けたが、座敷の中で初代と相対したときには、顔を上げろと言っても、畳にこすりつけていた額を僅かに持ち上げるのみで、帰り際にも、庭に控えていたカラス天狗にわざわざ会釈をするほどであった。
 こうなった理由を、初代は別段隠し立てすることもなく、青鷺火が去った後で、すんなりカラス天狗に教えて下さったのである。

「あやつんトコロは武闘派じゃねぇからなぁ、今まで、独眼鬼会の代貸だの三下だのが地回りのときの用心棒に出向いてたらしいんだがよ、この縁組みの話を、その独眼鬼会が良く思わなかったらしい。どうしてもゴリ押しで話を進めようとするなら、今後一切、独眼鬼会は青鷺火に用心棒を貸さぬと、今朝方になって言ってきおったそうじゃ」
「ぐ、ぬぬぬ……一ツ目の奴め、どういうつもりか!」
「そこは青鷺火の奴、濁しておったがよ、金絡み力絡みなのは間違いねぇなあ。青鷺火は戦えねぇ奴らだが、その分何でもかんでも金で解決しようって腹を持った連中よ。今回の縁組みだって、カラス、おめぇ、奴等の持参金だの今後の支援だの、どうせそういうのが目的だったんだろう?」
「ぐぬぅ。しかし、初代、気合いばかりで戦はできませぬ。青鷺火の娘御が三代目の嫁ともなれば、後ろ盾としては充分。その話がなくなったとなれば、下世話な話ではございますが、奴良組としても別の金蔓を探しませんと」
「てめぇで言ってりゃ世話ねぇぜ。まっこと、下世話な仲人もあったもんじゃわい。金の話なら三代目が居るときに、盃かために来るついで、また日をあらためてなんぞと言うておったが、なんだか気前の良い話はちょいと匂わせておったのう」
「気前の良い、でございますか?」
「ここ最近、不景気だなんだで上がりを納められずにいたが、手をだしていた新事業の方が当たってそこそこ金回りが良くなったそうじゃ。そんで、今まで納めきれずに待ってもらっていた分はもちろん、これからの上がりについても一割上乗せでお支払いするとかよ。……だから、総会にしばらく顔を出せなかった無礼をワシから三代目にとりなしてくれとか何だとか」
「……今までの分と、さらにこれからは一割増で、ですと?!」
「だそうじゃ」
「どういう事ですかな」
「ワシが知るかい。そういう些末なこたぁてめぇ等に任せっぱなしでここまで来たんだからよ、おめぇがわからねぇことをどうしてワシが判るかよ。今度の縁組みだって、おめぇが奴良組の財布事情を考えて仕組んだんじゃろうが。
 ま、縁組みはこの通り白紙になっちまったが、結果おぅらいという奴じゃろう。奴良組から離れようとしていたのが、リクオの三代目襲名とともに戻ってきたんじゃ、喜ばしいことではないか」
「は。まこと、リクオさまの《畏》の威光におかれましては、ますますめでたく……」
「よせよせ、ワシに世辞を言ってどうなる。んで、肝心のリクオは見つかったんかい」
「いえそれが、そのう」
「何でも、一ツ目んところに行っておったらしいぞ。今もいるかは知らんがのう、そっちの方を探してみたらどうじゃ」
「そうですか、なるほど一ツ目のところに。……って、なんですとおぉぉッ?!」
「せわしない奴じゃのう」

 なにがどうしてそうなったのか、初代の話を聞いただけではさっぱりであったカラス天狗は、ともかくさっそく一ツ目入道の元へと黒羽丸を遣わし、次にささ美を己の座敷へ呼びつけて、初代と青鷺火の会談の様子と、ささ美が知っている青鷺火どもの台所事情を話させることにした。ささ美は怪しげなところを嗅ぎつけるのに兄二人よりも長けていて、青鷺火の屋敷で何か騒ぎがあるような胸騒ぎがしたことから、昨晩から青鷺火の屋敷を見張っていたのである。

 不景気だなどと言いながら、常に羽振りの良い青鷺火は、総会に出よ、上がりを献上せよと伝えても、これまでにやにやと嫌らしい笑みを見せるばかりであった。
 二代目が儚くなられてからこちら、傾き続ける奴良組と、人間の血が濃い若君を軽んじてのことに他ならなかったが、彼奴の無礼を手打ちにできるほどの力が奴良組に無かったこともまた事実であり、実に歯がゆい想いをさせられてきたのである。
 常に強気な姿勢を崩さなかった青鷺火が、それでは娘と縁談などどうだと持ちかけてきたのは、この上ない好条件であった。
 三代目との縁を通して、青鷺火一家との縁が強いものになれば、奴良組の財政事情も大いに好転するであろうと踏み、一も二もなくカラス天狗は飛びついたのである。
 ところがところが。
 縁談などなくとも、青鷺火は金を出す、総会にも出る、と言う。
 一体、なにがあったのか。
 いやいや、一ツ目入道のところへ三代目が赴かれたのなら、青鷺火のところへ怒鳴り込みに行った独眼鬼会の後ろでは、他ならぬ三代目が糸を引いていたに違いないが、どんな妖術を使って、あのふてぶてしい青鷺火を改心させるにいたったのか、カラス天狗がどれほど頭を捻ろうともわからぬのだ。