「つららが縁組することになった」
「で、なんで俺のところに来る。俺でも草津の湯でもお前の病は治せねェぞ、とっととてめーの手管で落さないからそういう面倒なことになるんだろうが。まどろっこしい事を繰り返して、数多の縁談を蹴る前から転がってこねーよーに仕組んだって、幹部連中が面白がってたぞ」

 月夜である。
 雲が霞みのようにかかった朧月と、庭に咲く萩や秋桜が秋の風情を漂わせ、良い夜であるというのに、薬鴆堂の堂主の隣では、男君が不機嫌を隠そうともせず、注げば注いだ分だけ盃を干している。

「落とそうとしたって落ちねェんだからしょうがねーだろ。あれ。なんだ、もう酒がねーじゃねーか」
「馬鹿タレ、飲みすぎだ。そんな飲み方じゃ味もへったくれもねぇや、今日はもうやめておけ」
「極道が説教かよ」
「俺は極道でも医者だ」
「けっ、兄貴風吹かせやがって」
「そんなに唇尖らせてりゃ、弟扱いもしたくなるっての。カラス天狗の奴がまさか、雪女にまで縁談持って来るとはねぇ。世話焼きだとは思ってたが、いやはや、恐れ入ったよ」
「迂闊だった。オレに持ってくる分には全部、握りつぶす前に立ち消えさせてやると思ってたんだが」
「本丸が駄目ならまず外堀からってのは、常套手段だよな。流石はカラス天狗と言ったところか」
「何感心してやがる、お前、どっちの味方だ」
「カラス天狗だって、お前の敵ってわけじゃねぇだろうよ。だがまァ、事が事だからなぁ、ちょいと厄介なのは確かだよな。で、どうするんだ、リクオ」
「あいつに媚薬か相手に毒薬か、使うならどっちが確かか、医者としてお前、どう思う」
「とりあえずお前につける薬がねーのは確かだ。……で、相手はどういう奴なのよ」
「沫縁沼だか沫縁湖だかいうところの主の跡取り息子だと。水妖と氷妖なら相性はいいでしょうとかぬかしやがってあの馬鹿ガラスめ ――― 」
「こらこらこら、そうカッカして花吹雪を降らしてくれるなよ、縁側が焦げちまう。しかし、何だって、沫縁湖の?」
「知ってんのか」
「ああ。今の主ってのが結構な高齢でな、往診を頼まれて通ってる」
「どういう奴だ」
「主さんは、温厚な方さ。近隣の人間からもよく《畏》を集めてる。あそこにしか棲めない獣や魚、あそこでしか咲かない花、全部あの御方の賜物よ。人間どもも無知なりに、重要性をわかっているらしい。おかげさんで、不用意に鉄の臭いを入れず、あの辺りは今でも数百年前の日ノ本の姿を保ってるってわけだ。あれほどの《畏》を保ってるってのは、まさに名門だろうなァ。いわば、玉の輿って奴じゃねぇのかい」
「 ――― そうか」

 季節外れの桜花がどこからか舞い降りては、触れたものを焦がすほど強い陽の気を発するので、縁側に並んで庭を眺めていた堂主、あからさまに男君から体一つ分逃げたが、すぐに冷静になったか、身体に納めきれず立ち上らせていた妖気はやがて静まり、最後にひらり一枚、堂主の盃に花弁を落として消えた。
 珍しいこともあるものだ、堂主の義兄弟はどうも気落ちしているように見える。
 脇息に頬杖をつき、視線を落とし ――― 妖しい紅瑪瑙の瞳で見つめ、吐息一つ耳元で吹いてやったなら、この立派な男君に靡かぬ女などなかろうに、今その瞳は何を映すでもなく、虚空に向けられているのみなのだ。
 何をしていても絵になる男だが、強く相手を射抜く視線がこのように弱々しく震えるところなど、儚い命を持っていながらも鍛え上げられた心を持つはずの、堂主すら心を絡め取られそうに妖しく、切なく。
 ふるふるふる、と、堂主は首を振って我に返った。

「リクオ、お前、《畏》をだだ漏れさせんじゃねーよ」
「んあ?」
「自覚無しと来たもんだ。ったく、本家の奴等ってのはどうしてこういうのを前にして正気でいられんのかねぇ。ああ、もう最初から狂っちまってっから、これ以上狂いようがねぇのか。三代も仕えてたら、そうなるんだろうなァ」
「何をぶつぶつ言ってんだ、お前」
「いいや。さぞかし雪女は気落ちしてるんだろうなって言ったのよ」
「いや。あいつ、縁談してから毎日楽しそうでさ」
「へ?」
「そいつとの約束がある日は化粧して、はしゃいでるし。今日だって、意気揚々と出かけて行くし」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。縁談はこれからじゃねーのか?!」
「縁組することになったと言っただろ。縁談はもうとっくに終わって、話はほとんどまとまってんだ」

 それでは、男君の不機嫌も仕方が無かろうと、堂主は改めて姿勢を正した。
 学校帰りに青田坊に送らせたと言う義兄弟が、昼姿であるのにムスっとした表情で薬鴆堂に上がりこんできたかと思ったら、常は考えられぬようなドスドスと男らしい足音をさせてこの縁側にたどり着くや、どっかりと座り込み、「酒!」と叫んだので何かと思ってはいたのだ。

 今のお前は人間だろうが、未成年の分際で酒はならん酒は。堂主がこう言えば。
 うるせぇ酒だと叫びながら、かけていた銀縁眼鏡を邪魔臭そうに放り投げ、はたとまだ高いお天道さんに気づき、こんなに世界が暗いのにどうしてまだ昼なんだと恨めしそうに呟いていた。
 それは、こういう次第からであったのだ。

 ともかく昼の間は三代目は人間で、妖気が立ち上るようにならねば、人間という動物は若いうちに酒を飲むと毒にしてしまうから、堂主は義兄弟分に許される馴れ馴れしさでもって宥め、黄昏を待ってから、望み通り酒を与えてみたところ、男君に変じた三代目は、気に入りの女が別の男と縁組することになったと、しょぼくれた顔で打ち明けたのだった。
 縁組することになったと言われれば、誰でもまずは、これから縁談がなされるのだなと理解するであろう。今まで、そんな噂も堂主の耳に届いていなかったとなれば、尚更だ。

「そりゃあ……深刻だ。何がどうしてそうなった。お前、雪女にちゃんとてめぇの胸の内は話しておかなかったのか」
「毎夜のように口説いてたつもりだったんだが、あの女、その度にオレを守子扱いしやがって、埒があかねぇ。昼姿で口説いてみても同じだ、側近頭としての役目以上に、線のこちらにゃ絶対入ってはこねぇ。嫌われちゃいねぇはずだ、ただの守子と思われているだけでもねぇはずだ、なのに何でわざわざ遠ざかるような真似をするのか、解せねぇ。解せねぇが……」

 らしくもなく、ふうと酒気を帯びた息を吐き、

「……そうか。いい奴なのか」

 何だか物騒な事を言う。
 とうに乾いてしまった盃を弄んでいた指先が、思い切ったようにことりと、盃を盆に置いた。

「邪魔したな」
「お、おいリクオ、どうすんだ」
「どうするって」
「このまま黙って見てるのか?え?てめーは他の男にあの女を寝取らせるために、あの馬鹿でけぇ超大妖の土蜘蛛に挑んだってのかよ?!このまんま、何もせずに諦めるってのか?!らしくねぇ……!」
「鴆、お前何を息巻いてんだ、落ち着け。お前がアツくなってどうする」
「お前がらしくもなく、身を引こうなんてしやがるから焦ってんだろうが!」
「ハァ?身を引く?誰がいつそんな事を言った」
「……だってお前、今、『そうかいい奴なのか』って」
「おう。それが?」
「………………このまま諦めるように、思えちまうじゃねーか」
「諦めもしねぇし、身を引くなんぞ考えてもいなけりゃ、これから帰ってふて寝するつもりもありゃしねぇ。ちょいと踏ん切りがついただけさ。どんな野郎にも、アレをくれてやるつもりはこちとらねぇんだよ。知ってか知らずか豆泥棒決め込もうとしてるその野郎に話つけてやらねばなるまい、もしかしたら手切れになるかもなとも考えてたから、いい奴だってんなら、話しゃわかってくれるだろうと思って、気が楽になったのさ。これから行ってその女返せって、話つけてくる」
「 ――― ぷッ」
「何故笑う」
「いいや、それでこそ三代目。そうさな、てめェの女だ、みすみす逃す理屈はねぇよな。そんじゃこの鴆様が、もう一ついいこと教えてやるよ。いい奴ってのは、あくまで今の主、御高齢の方さ。雪女の縁談相手はちょいと、良くねぇ噂があってなぁ」
「なに?」
「主さんも、手を焼いてる道楽息子でな。なまじ主さんの力が大きいから表だってはいねぇんだが、乱暴された女怪も多いって噂。朝な夕な酒に薬に女にと、湯水のように金を使っての道楽三昧、派手な乱痴気騒ぎをしてるらしいぜ」
「お、おいおいおい、あいつはそんな野郎のところに行ったってのか」
「まぁ、道楽息子とて、親父の前ではそんなに派手なこともできねぇだろ、親の目があるところじゃ大人しくしてるさ」
「あいつ、今日はその道楽息子と、初めて二人で出かけるとか言ってた。仲人や相手方の親御抜きでも話してみたいからなんて」
「お、おいおいおい、マジかよ。行き先は?!」
「捩目山近くの料亭だとかなんだとか。鴆、カラスを捕まえて黒羽丸に知らせてくれ。カラス天狗には決して言うなと含ませろよ、あのボケカラス、道楽息子だろうがなんだろうが結婚してしまえば落ち着くとか言いそうだ。ったく、世話かけさせやがる、あの雪娘は」
「何を落ち着いてんだよ、あいつの貞操の危機だろが?!」
「お前が慌ててどうすんだ。大丈夫だよ、落ち着け」
「お前、惚れた女が何されてもいいってのかよ?!」
「アレが黙って何でもされてくれるような女ならオレだって苦労しねーよ」

 いかにも説明するのが面倒だとばかり、三代目は目の前でぱたぱたと手を振り、顔を顰めて見せられた。

「オレが心配してるのは相手の方さ。あの女ァ、躾って奴にはホント、煩くてな。とっととその道楽息子を捕まえてやらにゃ、お前、今度は息子の凍傷を見るハメになるぜ。いかに医者だろうが、野郎のそんなトコロのそんなモン見て楽しいわけもねぇだろ?」



+++



 煙管をくわえていた男君が、ふうと紫煙を吐き出せば、表面はいつも通り涼しい顔をしていても妖気がたかぶっているのは隠せずに、息は渦を巻いてしばらくそこにたゆたった挙げ句、線香花火のような火花を散らして桜花と消えた。
 その男君の横では、堂主が己の得物を手入れしていた。

 久方ぶりの出番を待つ己の刀身に映った火花に、堂主は目を細め薄く笑みを浮かべる。

 己の毒が己の体を蝕む、生まれながらに背負った枷など、彼にとっては慣れ親しんだ痛みに過ぎぬ。
 緩慢に訪れる約束された死を嘆くより、これこそ己の主と見定めた男君が三代目を襲名された今このときも、隣で出入りの準備をしていられる、巡り合わせに賛歌を唱える方にこそよほど忙しい。
 以前は抗争があるたびに己を後ろに下がらせ、壊れもののような扱いを受けては辟易していたが、京都抗争を経た後から、三代目は堂主への過分な気遣いをやめ、何かあればこうして進んで頼ってもくれる。
 百鬼夜行の下僕として、主の側にあること以上のしあわせがあろうか。

 他の幹部たちが、初代とともに年を経てきた妖たちであるのに対し、堂主は命短し種属であるがために代替わりも早く、他の幹部たちと違って、御家よりも己の主にこそ従おうという気持ちが強い。
 逆に言えば、何故、他の幹部たちはそうでないのかという、疑いも強い。
 特に、若き日の初代とともに今へ続く一家を支えてきた大幹部ときたら、堂主自身が鴆一派の頭領として多くの代貸三下を率いる身であるのに、年若いという理由で彼を遠ざけ、同じ目線に立とうとしない。堂主の主への傾倒を、若さゆえの一言で済ませられたときにははらわたが煮え繰り返ったものだ。
 それだけではない、このところ三代目や、側近にまで縁談をもちかけているというカラス天狗にも、三代目が幼少の頃からの爺やであるからには敬意を払おうと思うから表立っては言えないが、世話は世話でも下世話な振る舞いがあったものだと、内心眉を寄せている。

 堂主にとっては、そんな奴良組大幹部のお歴々が並ぶ本家のお座敷よりも、場所がどこであれ、三代目がそこにいて、さらにその主にこそ仕えんとする若い者どもと供に在った方が、まことに奴良組の一員であるという気持ちがするのだ。

「物騒な笑い方してんじゃねーぞ、何も刃傷沙汰にするつもりはねぇんだ」

 己の方こそ昂ぶる妖気を抑えられず、紫煙に燃え移らせておられるくせに、涼しい顔でたしなめようなどとする三代目に、堂主はにやりと笑った。

「とか言ってるけどよ、雪女がちょっとでも泣きべそかいてたらお前、またカッとなるんだろうに」
「また、って何だ。オレはそんなこたぁ、一回も」
「聞いたところによれば、牛頭丸の野郎がお前を庇おうとした雪女を害したときに、おめェ、しばらく昼の姿でカッとなってたらしいな」
「………」
「次は土蜘蛛の野郎が、伏目稲荷で襲いかかってきたとき」
「………」
「あんときも、百鬼夜行が壊されそうになって、ぼろぼろになったあの娘を、ぎゅーっとしたお前がさ、もう見目はすっかり昼に戻っちまってるってのに、狂ったように吼えてあの野郎に立ち向かっていってよう。他の奴等ァ、すっかり足が竦んでたってのに」
「………」
「修行が終われば土蜘蛛に浚われた雪女のところへ、まっしぐらだったしぃ?」
「………全部、つららに分が悪い相手ばっかじゃねーか。今回とは違うよ」

 また、三代目が強く紫煙を吐き出した。
 先ほどより少し、桜色に近い火花の花弁が、闇に散った。

「強がっちまって。手篭めにされてたらって内心、動転してんじゃねーの」
「あれであいつも、そこそこ強いんだ。さっきも言ったが、そんときゃおめーは野郎の一物のしもやけを診ることになるだろうよ」
「一服盛るって手もあんだぜ」
「そんときゃ、お前はその野郎の、消し炭になったそいつを切り落とす用意が必要になるだけさ」
「薄情だねぇ、三代目。焦るところじゃねぇのかい」
「てめぇでそんな男にほいほいついて行ったんだ、墓穴を掘っちまったなら、てめぇで何とかするもんだろう」
「女の貞操なんざ心配するほどのモンでもねぇってかい」
「初物じゃねぇの傷物だのと、男が騒ぐから女の方は可哀相に、気にし過ぎるんだろう。おうとも、オレぁ気になんざしねぇよ、染め直してやるだけさ。やさぁしく、じっくり時間かけて、てめーが誰のモンか教えてやるだけだ」
「薄情な上に怖い怖い」
「情け深くもお優しいの間違いだろ。そこ、心のカルテを訂正しておけ」

 弱い女怪と言っても、本家に属し三代目の周囲をお守りする武闘派の近侍側近に比べてのことだ。
 弱点があからさまな上に、周囲が強すぎるので弱い弱いと言われがちなのであって、此の世の妖怪どもを妖力順に序列にしてみれば、雪女の眷属は決して弱い部類ではない。
 己の身ひとつなら、よほど油断していなければ、己で守れるはず。
 そう信じているからこそ、三代目はやや不謹慎な冗談に、くつくつと喉の奥で笑っていられるのだ。

 と、ばさりと羽音が二人の声を遮った。

 闇夜を駆け抜けた翼を畳み、二人の前、庭に膝をついたのは、三羽烏である。

「仰せの通り、様子を探って参りました、三代目」

 黒羽丸を先頭に、後ろにトサカ丸とささ美が控える。
 常に毅然と前を向き、変わらぬ忠義を奴良家に約束してきた三羽烏は、今日も背筋を伸ばして三代目の前にまかり越したが、ささ美だけは兄の後ろで、何やら負い目があるように少し顔を伏せ、元気の無い様子である。
 気づいた三代目が、ほんの一瞬彼女を見やり、縁側に寝そべったまま身を起こしもせず、報告を申し上げようとした長男ににやりと笑んで遮った。

「相変わらず仕事が早いこった。オレが側近頭ごときの縁談を探ってると聞いて、お前等の親父さんは怒っちゃいなかったかい?」

 案の定、これを聞いてささ美はさらに顔を伏せたが、黒羽丸は違う。

「存じません。カラス天狗殿とは袂を分かちましたゆえに、それ以降、会ってはおりません。お知りになりたいのなら、訊いてまいりますが」
「いや、結構だ。できればこれからも、お前の親父さんの耳にあれこれ入れるのはよしてほしいね」
「それならばご心配なく。我等、袂を分かった別のカラスに我等の情報を掴まれるほど、雑な仕事はしていないつもりでございます」
「別のカラス、ね」
「袂を分かっている以上、同じ奴良家に仕えているのだとしても、いまや我等三羽烏とカラス天狗殿は別のカラスです。しかしカラス天狗殿と袂を分かったとしても、我等三羽烏、及び配下の浮世絵町のカラスどもは皆、三代目の忠実なる下僕にございます。幸いと言うべきか、カラス天狗殿は少々お歳を召しておられるゆえ、浮世絵町のカラスの取り纏めは我等が行っておりました。今もカラスたちは、我等に従ってくれます。三代目の行方についても、偽の情報を流すよう伝えてあります」
「疑っちゃいねぇさ。御家にじゃねぇ、オレに忠実ってところには、そこのささ美が充分に示してくれたしな」

 それまで俯いていたささ美だが、三代目に笑いかけられ、誇らしさというよりも羞恥で顔を真っ赤に染めて、らしくなく口の中でもごもごと、勿体無いお言葉ですなどと呟いた。
 家への忠節を取るならば、己の背信は決して許されるものではないと自覚していたものだけに、父に打たれた頬の痛みは今までずっと忘れられずにいたし、巻き込んでしまった二人の兄からも、謝る必要などないと先回りして慰められたので何も言えずにいたので、許すどころか誉められて、じんわり涙が目の端に滲んだりもした。

「それでは、改めて報告ですが、三代目」
「おう。件の料亭とやら、わかったかい」
「それはすぐに突き止めました。しかしどうも、鴆殿が仰せであった様子と、違うようなのです」
「うん?」
「沫縁湖の主の息子は、大変な道楽息子である ――― そううかがったものですから、もしものときは雪女を救出せんと、しばらく見張っておりました。もしかすると人違いかもしれぬと、料亭の賄い所にささ美を忍び込ませて探ったりもしたのですが、本人に間違いは無いと」
「そりゃあ、どういうことだい」

 黒羽丸がそこで、ぐ、と言葉に詰まった。
 見てきたこと聞いてきたことを己の物差しを交えずに、憂きも愛いもただただ淀みなく報告申し上げてきた真面目な長男が言葉を選ぼうと視線を彷徨わせ ――― ちらとやや後ろに控えた弟を見た。

 軽く頷き、長兄よりも思い切りに関しては秀でた次兄が、

「道楽息子とは思えない、物腰柔らかそうないい男でして。二人して膳をつついてましたがそれがその」

 コホン、と咳払いをし、

「ぶっちゃけ言うと、いい雰囲気でした」

 正確なところをこれまた思い切りよく申し上げた途端、三代目の手元でばきりと煙管が折れて、三羽烏はその場に平伏したのであった。