百鬼夜行は終焉を迎える。終わりは既に始まった。となれば、後は終わりは続いていく。

 主だから気がついた。強い主だから終わらせられる。
 百鬼の中で誰より強い《畏》を纏う、主だから。

 けれど、主とて、喪失には痛みを伴う。

 取り残されていく不安がある。

 消えていく仲間を、もう誰一人として気にする者はない。

 皆、心は既に旅立っているのだと、主はようやく気づかれる。
 ここにあるのは、空蝉のような在りし日の記憶だけ。
 抜け殻となった体を、しかし皆が妖怪だから、人のように休むこともできず、主が終わらせてくれるのを待ち続け、それまでの間は宴を続けているだけなのだ。

 ならば、体と魂を、早く追いつかせてやらなければなるまい。

 それが主の役目だ。主の手で、導いてやらねばならないのだ。













 それが百鬼夜行の終焉なんだよ。こうやって、終わっていくのだよ。












 百鬼夜行の終焉は、どういうものか、知っているかい。

 そりゃあ、辛いものだ。醜いものだよ。

 いつまでも、空蝉に詰まった影法師で、目を覆っていられたらどんなにいいか。
 いつまでも、狂々とまわる風車を手にした童のように、はしゃいでいられたらどんなにいいか。

 それでも、そういうわけにはいかないんだ。
 始まったものは、終わらせないといけないんだ。

 季節は巡るだろう。時代もまた巡るんだ。
 人は眠るだろう。妖怪たちだって、眠りたいんだ。

 けれど、人のように自然に眠れるようには、できていないんだ。

 だから、終わらせてやらねばならないんだ。






 百鬼夜行の主が、どうして百鬼の誰より強くなければならないか、知っているかい。
 もう、いろんなことを、百鬼どもが忘れているからさ。
 時折、主の顔すら忘れて、笑いながら喰い殺そうとしてもくるからさ。

 だから、百鬼の主は強くなければならないんだよ。
 率いた者どもを、間違いなく、いやはての向こうのいやさきへ、連れて行ってやるためにさ。
 ちょいと乱暴にでも、眠らせてやらないといけないんだ。
 放っておいたらいつまでたっても、愛しい彼奴等ときたら、ほっとして眠れないんだから。






 強いという点、この主は申し分なかったよ。
 体も心も魂も、誰より強い妖怪だった。
 いや、長いこと忘れていたいたけど、人の血も混ざっていたから、柳のようにしなやかに在り続けられた。
 これが、この百鬼夜行が、ずいぶん続いた理由かもしれないね。

 でも、この主が「昔、人間だった」ことを時折思いだす百鬼たちがいたとしてもね、「でも、今は妖怪だろう」と言うぐらい、主は完全に妖怪だった。
 そりゃそうだ、人間ならもうとっくに天寿を全うしている。
 でも、主はそれができなかった。
 幼い頃をともに過ごした人々を見送り、その人々が紡いだ血脈を見守り、その彼等も争いの系譜の中に埋もれてからは、これからどうするかと天を仰いだこともあったが、己の後ろで群れを成した百鬼があったので、見捨てられなかった主は、以後を妖怪として生きることにした。
 人の血を引いていても、主はちゃんと、主だった。
 己の役目を、ちゃあんとご存知だったのだもの。






 百鬼夜行が、どういう風に、終わり続けていくか、知っているかい。
 辛いものだよ。苦しいものだよ。
 哀しいと、感じる心すら枯れていることに気づく瞬間が、主は一番、苦しいのだよ。

 昔はぴかぴかの瓶や箱や壷に手足を生やして目をぱちくりさせていた、九十九神や、童子姿の小鬼たち。
 あんなにぴかぴかだった体を、どこで擦ったままにしたのか、いつの間にか黒く汚れているんだ。

 この、百鬼夜行の小物衆がね、知らず知らずのうち、やっぱり人の血の味を覚えていてさ。
 主の不興を買わないように、見つからないように、こっそり人里降りて、ただの道具のふりをして、人がすっかり騙されて寝静まったところを、ばくり。

 くちゃくちゃ。ぴちゃぴちゃ。ばくり。くちゃくちゃ。
 昨夜は何人化かした?おれは三人。ぼくは五人。

 なんて、昔と変わらぬ幼子のような声で、まるで無邪気に笑っているんだよ。
 主は、つんと胸が苦しくなった。
 長く続けた百鬼夜行、率いた者どもが隠れて何をしていたか、本当は少し知っていたような気も、するからさ。

 いつからか、人に恐怖されることだって、当たり前になっていたからさ。
 あれほど慕ってくれていた小物たちも、いつからか、己を怖がって近づかなくなっていたからさ。
 己にかかわりがないなら、まあいいやと、そう思い込んでしまっていたのを、ようやくお気づきになったんだ。

 見ない振りをしていただけで、気づかぬ振りをしていただけで、よくよく考えてみると、己がとろとろと浅い眠りを貪っている間に、人どもの悲鳴や泣き声を、ずいぶん聞いたような気もして、でも、ああうるせえなあやるなら静かにやりやがれまったく、と思った頃に、だいたい、「おい、静かにしねえか。総大将が起きちまうじだろうが」と、誰か大物が一喝してくれて。

 わんわんと泣いていた人の声も。

 ぼぐ。ごきり。

 そんな音がした後は、また、くちゃくちゃ、ぴちゃぴちゃ、小さな音に変わったから、主もようやく静かになったと思って、またとろとろと、眠ってばかりいたからさ。





 もう、あんな風に、さぼって居眠りなんてしちゃならないなあ、と考えて、主は、百鬼の半分は居るだろう、こういう小物たちをまとめて終わりにすることにした。





 丘を降りる一本の坂道。これの脇の大岩の上に、腰掛けて。
 月を見ながら一人、酒を含んで、小物連中がまた里に下りるために通りがかるのを待っていたんだ。
 そうそう、主は久しぶりに、あの、人の姿でいたんだよ。
 ほら、雪女に言っていたろう、そんな悪戯もいいね、って。

 本当に久しぶりだったから、小物連中、見事にこれを忘れてた。
 しろがねの髪の姿であったなら、きっと近寄ってもこなかったろうに、どこか優しげな、哀しげな風貌の青年であったし、しばらく懐にしまったままだった銀縁めがねなどをかけると、もう普段の主とは別人のようであるしね。
 あれまあ、あんなところに人間がいるぞ、人間だぞ、一人だけかな、一人だぞ、と、賑やかに坂を駆け下りてきたんだよ。
 お前どこ食いたい、ぼくは足、おれは腕かな、なんて相談をして、ろくな誰何もせずに主に飛びかかってきた。

 主は、いろいろ、思い出したよ。

 この小物連中と、幼い頃はずいぶん遊んだから。

 かくれんぼ、鬼ごっこ、将棋や囲碁、花札もした。

 無下になぎ払うのはためらわれた。そう、本当に主は、強い方だったんだ。
 最後の最後まで、心に情けをお持ちだった。

 ばくり、ばくり、小物連中が大きな口を開けて、小さな体に似合わぬ鋭い牙を、なんのためらいもなく、人の柔肌をまとわれた主につきたてて引き裂こうとしたところで、ようやく、言ったんだ。
 昔々、小物衆とかくれんぼをしたときに、自分が鬼役をしたことだって、あったから。



「 ――― もう、いいかぁい」



 まあだだよ。の、答えを待たず、主は白刃を一閃させた。
 あれと声を上げる間もなく、小物衆は塵になった。

 月を仰ぎ見て、深く深く、主は嘆息なされる。



「もう、いいかい」



 もう一度呟かれたが、もう、答えてくれる小物衆はどこにも居ない。

 ただ、しばらくするとね、やっぱりあの雪女が、不安そうに主の姿を求めてくるんだよ。



「どうしたんです、こんなところで」
「かくれんぼだよ」
「おやおや、総大将が鬼ですか」
「うん」
「お手伝いしましょうか」
「いや、いいんだ。もう見つからないところへ、行ってしまったから」
「そうですか」
「お前はどうする、あいつらと一緒に、隠れるかい」
「いいえ。私はまだここにおります。お手伝いはできませんが、おります」

 この雪女だって、もういろいろと忘れているだろうに、眠ってしまいたいだろうに。
 様子がおかしいなどと、気づく、感づく心も薄っぺらになっていて、波風もろくにたたぬ心では、微笑み一つ浮かべることすら難しいだろうに、それでも尚、昔と同じように、笑うんだ。

「……空蝉だとしても、それでも、お前はお前なんだね」
「何を仰せです?おかしな総大将」
「お前がボクを、……オレを、守り続けてくれているという話さ」
「当然です。未来永劫お守りしますと、お誓い申し上げましたもの。ね、リクオ様」
「うん、そうだ、そうだったね」

 主は、たまらなくなったよ。
 もしかしたら、己などより、よほどこの女は強いのかもしれないと、ただひたすら、たまらなくなったよ。