一人、二人、見送って。

 三人、四人、刃向かうのを切り伏せて。

 それから先は、主も数えていられなかった。
 何だか急に、賑やかになってしまったから。

「何だか、最後の方は、百鬼夜行が始まったばかりの頃を思い出しましたなあ、総大将」

 ゲラゲラと、青田坊が笑ったよ。隣で黒田坊がうむと頷いていたよ。
 池では河童が水玉をふわふわと浮かせて遊ばせていて、枝の上では牛頭丸と馬頭丸が、昔のようにのんびり寝そべっていたりして。

 三羽烏は屋敷の屋根の上から、彼等の様子を見守っていて。

 総大将が仕舞いにする中、臆病風に吹かれた奴等が牙を剥いたとき、それまで一人で仕舞うつもりにだったところに、やっぱり加勢に入ってきたのは、近侍の青田坊と黒田坊だった。これに河童が加わって、首無と毛倡妓の穴は、牛頭丸と馬頭丸が埋めた。
 当然のように三羽烏が舞い降りて、三位一体の攻めと守りで勇ましく闘った。

「祭りのようで、楽しゅうございました。これが仕舞いとは寂しいが、しかし、祭りは、楽しい盛りで終えるのが一番良い」

 黒田坊が粋ぶって微笑めば、

「とか言っちゃって。黒、あんまり活躍してなかったよね」
「な、何を言う河童!それはお前たちが次から次と、私の獲物を!」

 河童が茶々を入れて笑いを誘う。

「カッコつける暇があるんなら、目の前にいる奴等を斬り伏せろっての。ったく、いつまでたっても、本家の奴等はぬるかったな」
「でも楽しかったねー。来世っての、僕たちにもあるんなら、ねえねえ、またやりたいね。また、会いたいね」
「馬鹿言うな馬頭丸 ――― 名残惜しくなるだろうが。もう終わるんだ、とっとと、仕舞いにしてくれ、総大将」
「そうですな、総大将。お名残おしいですが、どうやら、我等はここまでです。総大将、今まで世話になりました。来世があるなら、願わくば、また貴方の下で任につきたい」

 残った鬼どもは、主の周囲をいつもかためていた奴等でさ。
 常にぺったりとお傍にはりついていた雪女を覗けば、側近中の側近だった。
 哀しく想ったのは、その中に、初めて盃を交わした義兄弟の姿がなかったことだが、姿形は見えずとも、夭折したあの鳥妖の魂は、きっと今この場にあって、彼奴等と共に往くに違いないって、主は確信していた。

「やっぱり、最後に残ったのは、お前等だったか」

 しろがねの髪を風に吹き上げ、主はお笑いになった。
 懐から盃を取り出され、ふうとこれに息を吹きかける。

 ――― 明鏡止水の盃の上、どこからか、桜の花弁が一つ、落ちた。

 と、青白く美しい炎が舞い上がって、彼奴等を包み込んだ。

「世話になったな。皆、大儀だった。 ――― 百鬼夜行、これで仕舞いだ」

 この炎の中で、彼奴等は不思議と熱さを感じず、ただ急に眠気がおそってきて、ただ安心に包まれて、主がちゃんと最後の最期まで己等を導いてくださったことに、感謝こそすれ、何一つ恨みごとなどなかった。

 それではまた、会う日まで。
 来世でも幾許かの縁が期待できるものなら、その時も是非、お傍に。
 楽しかった、だから、またつきあってやってもいいぜ。
 ともかく今は、黄泉で待ってます。

 それぞれ、別れの挨拶を述べて、眠気に任せて瞼を閉じたる者から、塵に還った。















 百鬼夜行の終焉を、知っているかい。














 終わりはこうやって紡がれるんだ。














 主が導いた黄泉路の道すがら、まるで祭りのようだったが、祭りの始末は誰がつけるって、そりゃあ、主だからね。
 一番最後に残されるのもまた、主なんだよ。

 誰一人、見送る者もないままに、己で己を仕舞いにするのが、主なんだよ。

 祭りには始末が必要だ。

 祭りの後は、寂しいものさ。それでも始末が、必要だ。

 たった一人。

 そう、たった一人、の、はずだったんだが ―――















 傍らに立つ女に、ようやく主、気がついた。

「雪女」
「はい」
「どうしてお前 ――― まだ往っていない」

 主の奥義、どんな妖怪だってこの炎に包まれれば無傷ではいられない。
 からからに心が渇いてしまった妖怪たちにとって、眠りながら往ける炎は、向けられればひとたまりもないものだ。陽の気に照らされて、瞬く間に皆、塵と化した。
 雪の女怪ならば尚更に、炎の中で溶けて消え去ってしまうものと思われたが、青い炎は雪女の袖を一舐めしただけで、女は凍りついたように炎の中に立ち続け、炎が消え去っても、女は消えなかった。

「お約束をいたしました。消えるものですかと。何があろうと、未来永劫、お守りしますと。お守りする方がまだおいでなのに、私だけ先に消えることは、何があろうとできません」

 主はもう、こらえられなかった。

 最後の最期まで傍らに立ち続けるこの女が、いとしくて、いとしくて。
 しかし、これもまた終わりにしてやらなくてはならないと思えば、天を仰いで歯を食いしばっても、こらえられなかった。
 一人二人と見送って、全員が去った後にそうしようと思っていたのに。
 誰もいないのならいいだろう、この身が乾いて尽きてしまうまで、声を上げて泣いてやろうと思っていたのに。

 喉の奥をかっと焼いたものを、腹に力を入れて堪える主を、女はそっと抱き締めなぐさめたんだ。
 主の夜伽に侍っていたのも、もっぱらこの女だったけど、その抱き締め方はやっぱり違った。艶のある抱き締め方ではなくてね、主をこう、正面から抱き寄せて、童子にしてやるように、ぽん、ぽん、と、背を叩いてやったんだ。
 主はそれだけで、胸の中があたたかくなった。
 懐かしいと感じたけれど、何が懐かしいんだろうということも思い出せなくて、やっぱりこれで仕舞いなんだと思ったが ――― 不思議に、先ほどまでの寂しさはなかった。

「……なんか、懐かしいな、それ」
「そうでしょう。私も今、思い出しました。リクオ様がそうやって、歯をくいしばってこらえていらっしゃるとき、どうやってお慰めしていたか」
「そうだ、こうしていたな」
「ええ、こうしていました。泣き虫でお優しい、小さなリクオ様が、心を痛めて泣くたびに」
「お前は強い女だ、氷麗。本当に最期まで、オレの側にいやがった」
「はい、お誓い申し上げましたから」
「それでもオレは、お前を終わらせてやらなくちゃならない。お前を一人、残してはいけない」
「それでも私は、貴方様を一人にはできないんです。たとえリクオ様が操る炎が、この身を焼こうとしても、ふるわれるのが妖を滅する刀だとしても、それでも私は、リクオ様を一人にはしないと誓ったのですから。何度焼かれても熱いばかりで、何度斬られても痛いばかりで、黄泉へ往くことなどできないんです」
「怖い女だ、お前は。いとし子をやめさせてももらえなけりゃ、殺されてもくれないんだから。オレはどうやってお前を仕舞いにしてやったらいいんだい?」

 拗ねたような口調の主。
 これには雪女、くすくすと笑ったね。主が可愛くて可愛くて仕方が無かった。

 もちろん、お育てしていたのはほんの小さな頃だったから、元服した後はちゃんと一人の男として見ていたけれど、主が時折、思い出したように甘えてくださるからね、雪女はこれが嬉しかったんだ。
 強くおなりの主に、いつか、お前などもう要らぬ、弱いから要らぬ、子供扱いするから要らぬと言われるのではないかと、今までもたくさん不安にも思っていたけれど、主は女がどういう生き物なのかをちゃんとご存知でいらしたから、最後の最期まで、甘やかさせてくださった。これも嬉しかった。
 雪女の母性はもう、病気みたいなものでさ。人間どもは、煩悩は悪しと決めてかかっているから、根雪のように深い母性すら、執着、なんて、風情の無い言い方をするけれど、まあつまり、いつだったか主が言ったように、そういう生き物なんだ。
 主を甘やかして、わがままを言われて、お慰めするのが生き甲斐みたいな女怪だからさ。

 男が一人前に立っていても、甘やかすのが、本当に好きなものだから。

「馬鹿な子ね。口説き文句くらい、ご自分で考えてくださいな」
「お前、口説かれてくれんのかい」
「今なら、よろしいですよ。素敵な睦言を、聞かせてくださいませ」

 いつだって慈しむような目を向けてくる女だったけど、今は主の頬を両手で包み込むように触れて、口づけをねだるように近づけ、もう溢れんばかりの優しさを向けてくる。

 主はね、この夜行が終わったら、一人で終わるおつもりだった。
 一人で、乾いた心で泣き続けていれば、きっとそのうち己も終わるだろうと、お思いだった。
 でもね。

 こうして見つめられて、抱き締められていると、そんな気持ちは溶けていった。

「お前は不思議な女だよな」
「そうですか?」
「雪女のくせに、心の氷を溶かす」

 主は雪女の、頬にかかる髪を耳にかけてやり、壊れ物に触れるように、頬に触れた。
 互いが見るものは今や、互いだけ。

 主の心に、口説き文句は整った。

 それこそ明鏡止水、心に満ちた雪解けの水は、波などたたず、ただただ、乾いた心を柔らかく満たした。















「氷麗」
「はい」






























「オレと、心中しちゃあくれないか」
「はい、リクオ様。……喜んで」















 返事をするや、雪女はゆっくりと主に唇を近づけ、口づけた。

 想いのたけがこもった口吸ひで、主の肺と心の臓はたちまち凍りついた。
 吹き上がっていた妖気すら凍り付いて、髪はしろがねのままだったけれど、瞳は瑪瑙から穏やかな琥珀へ変わり、いとしげに雪女を見つめて、その後目を閉じて。

 最後の力を振り絞り、握った刀で雪女の背を貫いた。

 あとはお互い、目を閉じたまま抱き合って、閉じた目を、二度と開けることはなかったよ。

 二人は抱き合ったまま、塵になって、風に乗って消えてしまったんだ。















 これが、百鬼夜行の、終焉さ。















 せめて春なら、よかったね。

 そうしたらさ、主にも、雪女にも、去った皆にも、教えてやれたのに。

 私の枝に桜の花がついていたなら、主も、雪女も、ちゃんと自分たちが帰るべき場所にたどりつけたことを、思い出せたろうにさ。

 私は声を持たないから。伝える声を持たないから。

 言えなかったんだ。言いたかったけれど、言えなかったんだ。






















 おかえり、って。






















...天 涯 心 中 物 語...
おかえり、みんな。おかえり。おかえり。おかえり。 ――― そして、おやすみ、よい、夢を ――― 私はここで、立ちすくむばかり。