「お持て成し一番手、狒々組猩影、余興に歌いますッ!」
「おーやれー」
「いいぞ猩影ー!」

 誰より大柄な影が躍り出て、迫る蛇を片手で退けて場所を作ると、酒に酔った小さな顔を能面に隠し、気分よさげに歌い始める。

「一つ人よりちっからもち〜ッとぉ」

 片手で目の前の塵を払うように場所を作ったときに、既に五匹。
 ついでに今、毒蛇の尻尾を持った、風情の欠片も無い双頭の大狼が涎を垂らしながら襲い掛かってきたのを、歌うついでに振り上げた拳で宙に放り投げ、狼は二つの頭からキャインと情けない声を上げると空の星と消えた。

「二つふるさと帰り咲きィ〜ッ」
「よッ、狒々組大将!」
「おうおう、良い男っぷりだぜ」

 歌にこぶしを入れたついでに、背後から忍び寄ってきた、大鎌を携えた大髑髏の肋骨から背骨を肘鉄で折り砕き、足元にまとわりついてきた小蛇どもは、猩影の馬鹿力にこれはかなわんと悟ったのか、そそくさと逃げていく途中だったところ、崩れてきた大髑髏の下敷きになった。

「花のお江戸〜でぇ百鬼夜行〜♪」
「あ、ソレ♪」
「よ、ソレ♪」

 紅のフードを被ったまま、新郎新婦の目前、舞台にみたてた宴席のど真ん中で、大柄の猩影が袖を大きく広げ、片足でくるくると回って見せると、押さえつけろとばかりに飛び掛ってきた、翼を生やした狼や蝙蝠、双頭の大百足などが、面白いように跳ね飛ばされた。
 もうこれには、やんややんやの大喝采。

 宴席は既にあちこち乱闘騒ぎなのだが、風に耐えて残った酒や料理をつまみながら、背後から襲い掛かってくる者どもだけを、げしりばしりと叩き落し、列席の百鬼たちは堂々たるもので、まだ席を立ち上がりもしない。もちろん上座の二人に近寄せるなど、三羽烏が許さない。ただ一匹の取りこぼしが、ぐわりと口をあけて若君と雪女に飛び掛ったが、若君が懐から取り出した鉄扇で小蠅にするようにばしりと叩き落した後、黒羽丸が「失礼いたしました」と片付けて、それきりだった。
 次から次から、怒涛のように千鬼が攻め入ってくる中、百鬼はいまだ一人も欠けず、陽気な宴は始まったばかりと興じている。

 最後に、舞台の真ん中、しっかと両脚をふんばり、能面をしたまま上座に向かって、狒々組猩影、申し上げた。

「奴良組総大将!つららの姐さん!おめでとうございやす!今だから言います、つららの姐さん、大好きでしたああああああッッッちくしょーーてめーらかかってきやがれーーー蛇酒にしてやらああぁぁぁ」
「おー、告った瞬間にフラれるどころかむしろ自爆したぞ」
「人妻なりたてじゃあなあ」
「蛇酒、オレにもよこせよ猩影ー」
「泣くなよー。ヤケ酒ならつきあうぞー」
「だから蛇酒よこせー」




 この様子、少し離れたところで見ていたのは、「馬鹿じゃねーの」と呟く牛頭丸と、わくわくしながら出番を待っていた馬頭丸。

「ね、ね、牛頭丸、僕たちもせっかく練習したんだし、アレやろうよぅ」
「はぁ?練習したって、お前だけ何かやってたんだろうが。俺は嫌だぞふざけんな」
「はいはいはーーーい!次、僕たち!二番、ゴズ&メズ、可愛いカオ武器にしてうたいまーす!ハッピーサマーウェディング〜!」
「ふざけんな馬頭丸!おいはなせ、やだ、やだったら!」
「おー、馬頭丸大きくなったなー、ついでに可愛くなったなー」
「牛頭丸もそろそろはっちゃけろー。美形に生まれてきた宿命だあきらめろー」
「そうそう、そんな素直じゃおめー、牛鬼組としてふさわしくないだろー。可愛いカオで騙してやれー。つか騙してくれー。いやむしろ騙されたいんだ」
「うっせぇぞ!勝手に騙されてろ!!」
「おぉツンだな。ツンツンだな」
「だがそれもいい」

 その頃には、乱闘の中でも中心の舞台と上座と列席者の座あたりは、大風の中の目のような具合で、周囲ではばたばた千鬼たちが倒れていくというのに、式は滞りなく披露宴に移って、誰が司会をするわけでもないのに、次はオレだ、次は私だなどと決めている。
 打ち合わせもないのに、いそいそと舞台の真ん中にいざり出たのは、笛や太鼓、琵琶や鐘といった、音階を奏でる九十九神ども。
 これ等が、「はっぴぃさまぁうぇでぃんぐ」なるものの前奏を、しゃららんしゃららんと奏で始める。

 馬頭丸は、いつも被っている獣の骨をかぽりと外し、酔いに娘のような顔を紅く染めてケラケラと笑いながら、狩衣姿でるんたるんたと、この舞台に踊り出た。
 嫌がる牛頭丸の襟首を引っつかんで。

「父さん母さんありがとぉッ♪たーいせつな人が出来たの、で・すッ♪」
「ぬぉ!振り回すな!こら馬頭!放せ、放せよコラ!」
「ぱやっぱやっ、ぱやっぱやっ、ぱやっぱやっぱっぱっ♪」
「どわあああッ」

 振り回されているだけの牛頭丸だが、しかしさすがはこちらも歴戦の猛者である。
 列席者たちとの乱闘を掻い潜り、舞台に及んでくる女の顔をした鳥妖を、振り回されついでに一刀のもとに両断した。

「お、やるな牛頭丸、流石じゃ」
「しかしもったいない、女だったぞ」
「怖い男じゃのー」
「生まれーてきたから、あのひととっ、めーぐり逢えたわ運命の彼氏ッ♪」

 そろりそろりと、馬頭丸の後ろから忍び寄ろうとしていた、青白い顔の腐れた死体は、もう少しでか細き首を握りつぶしてやれるというところで、不意に振り返った馬頭丸が可愛らしく笑い、片目を瞑って唇を尖らせちゅっと空音をたてると、一息に骨抜きにされてしまった。
 そこを、我に返らぬうちに牛頭丸が剣舞でもって塵とする。
 ざあと吹いて消え行く黒い塵に向かって、舞台を眺めながら一献やっていた小さな3の口が、馬頭丸をまねてか、ちゅっと唇から空音をたてた。

「(セリフ)紹介します、奴良組総大将のリクオさん。背はまぁ低いほうだけど、優しい人。お母さんの恋した人と同じで、魑魅魍魎の主なの。だってお母さんが、『奴良組総大将、何代かかってもおとしてやる』って言ってたし……ねぇおかーさん、ワタシやったよ!」
「ちょ、ちょっと馬頭丸、いい加減なこと言わないでよ!」
「アー父さん母さん〜」
「ヤイヤイヤー」

 新婦の抗議などどこ吹く風で、そのうちにまた一匹。
 列席者も新郎新婦も、馬頭丸の歌に手拍子で合いの手を入れる。

「アー感謝してます〜」
「ハイ、ハイ!」

 次は二匹。

「アーたくさん心配〜」
「ヤイヤイヤー」

 今度は空からあの大蛇が、大口をあけて突っ込んできたので、牛頭丸が馬頭丸に目配せすると、心得たもので馬頭丸は舞に合わせて腕を振り上げ、これを踏み台にして馬頭丸が高く跳躍し、その勢いで口から尻尾まで、するすると何の引っ掛かりもなく捌き切った。

「アーかけてゴメンね〜」
「ハイ、ハイ!」

 すとん、と牛頭丸が着地して、刀を払って鞘に収めたので、馬頭丸はこの腕を無理に組んで、舞台の上でくるりくるりと回ってみせ。

「一生懸命、誓いまーす〜♪はっぴー♪」

 お星様をキラッ☆と瞳に宿し、内股で決めポーズまでしっかりやってみせた。そこでこれに腕をとられていた牛頭丸は、忌々しげに舌打ちして、己の腕を力任せにようやく引っこ抜く。

「おー、いいぞ馬頭ーかわいいぞー」
「騙された!おじさんすっかり騙された!こっちにおいでお小遣いをあげよう」
「牛頭も何か言えー」
「……ったく、相変わらず暢気でふざけた奴等だ」

 とは言え、祝言の場で仏頂面ばかりしているわけにもいかない、適当に卒の無いことを新郎新婦に言えばいいのだろうと、これまでろくに上座を見ずに、席では酒ばかりを飲んでいた牛頭丸、このとき初めて白無垢姿の雪女を目にした。

「 ――― ッ」
「お、紅くなったぞ、牛頭め」
「う、うっせぇぞおめえら!!……あー、その、なんだ、とりあえず、奴良組総大将、そして奥方様、おめでとうございます。あー……畜生、言うことなんてその……」
「牛頭丸、祝いの席だよ」
「わぁかってるよ馬頭丸!……ずいぶん長いことかかったが、ま、お前等らしいんじゃねーの。暢気者の総大将と、ドジな雪女、ホント、お似合いだ。お似合いだよ」

 乱闘騒ぎの中、ほんの一瞬だけ宴の場の、騒ぎの隔てが無くなったようだった。
 牛頭丸は特に大声を出していたわけでなく、むしろ唇の動きだけで離していたようなものなのだが、はっきりと声が上座に届いたのである。

「よかったな。幸せになれよ、花嫁殿」

 上座に向かって一度だけ、ふ、と笑い、それからくるりと踵を返して、一番手猩影にこれ以上の手柄を渡してなるものかと、雄たけびを上げながらまだまだ有象無象と現れる、千の鬼どもに向かって踊りかかっていった。
 馬頭丸も、足元の獣の骨を拾い、かぽりと被りなおすと、上座へぺこりとお辞儀して、「まってよ牛頭〜」とこれを追う。

「くぅ……牛頭め……!今のはきた……!」
「これがツンデレか……!」
「だがそれもいい」




「はい!三番、毛倡妓&首無、《綾取の舞い》をご披露しまあぁす♪」
「お、おひ紀乃……ぐ……ぐるじひ……」
「毛倡妓や、首無が谷間で窒息しかけておるぞ」
「うらましい奴じゃ、極楽を感じながら逝けるとは」
「ホラ首無、ぼやぼやしてないで、さっさと糸を広げてったらァ」

 力任せに胸に抱いていた頭 ――― 文字通り頭だけを、鞠のように両手で掴んで己の胸元から放すと、何をぼやぼやしているのだと、可愛らしく唇を尖らせて抗議する毛倡妓だった。
 ぷはっと、空気を求めてあえいだ首無は、少しの間ぐるぐると視線を泳がせていたが、諦めたように「はいはい」と返事をすると、頭が窒息しかけていた間、宴席でぴくぴくと息も絶え絶えに悶え苦しんでいた体がむくりと起き上がって、ぽんぽんと着物についた埃を払う。

 着物の袖に忍ばせていた、長い綾紐が意思を持っているかのように夜空を飛び交い、あちこちの木々の間を縫うようにして、やがて大きく美しい蜘蛛の巣を描いた。
 ぴん、と張った紐の上、ふうわりと降り立った毛倡妓は、蜘蛛の巣の真ん中で、捕まった蝶のようにあでやかで、美しい。

 この蝶を喰らってしまえと、蜘蛛の巣を伝って来ようとしたのは、小さく目立たないが素早いために中々手を煩わせる、蛭どもであった。強くはないが、闘う者どもの足にがぶりと喰らいつき、血を吸うので、全く厄介だと、猩影などは忌々しげに足を払うのだが、踏み潰そうとするとさっと波のように引いてしまう。
 木々を渡る蛭たちは、新しく美しい得物を見つけて、黒い雲のように踊りかかった。
 しかし、この黒い雲は、蜘蛛の巣を渡っている途中で何かに足をとられ、すると鳥もちにつかまったように、這おうとしてもがいてもまた絡まるばかりで、先へ進めない。

 蛭たちが大きな蜘蛛の巣の上、蠢くばかりで逃れられなくなった頃合を見計らい、中心にいた美しい蝶が、ざわり、長く美しい髪を羽のように広げ、それら一本一本を中心から、蜘蛛の巣を覆うほど長く伸ばしたのである。一瞬、長く細い針のようなものが無数にあらわれて、黒い雲たちを射抜いたように見えた。
 瞬間、ぱすん、と音を立て、黒い雲たちは霧散した。

 はらり、はらりと落ちる桜の花びらを、広げた扇に受け止めながら、蜘蛛の巣の中心から、蜘蛛の縦糸だけを裸足で掴んで、毛倡妓が舞う。

 くるり。
 くるり、くるり。

「なんと、あでやか、あでやか」
「これは幽玄夢幻、なんとも風情があることよ」
「うふふ、これでもう、この宴席はこの毛倡妓と首無の守護の中。さあ、次に来る子は誰かしら。お姐さんと、あ・そ・び・ま・しょ」
「うへえ、美しくも怖い蝶々がいたもんじゃ」

 舞いながら攻める毛倡妓、これを守る綾を器用に操る首無。
 二人は上座へ、申し上げる。

「若、おめでとうございます」
「雪女、おめでとう」